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2009年11月08日

「共感」か「置き換え」か

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091105-00000112-jij-int
>>> 今年のボーナス、4割増=米ウォール街−メディア報道
11月5日15時50分配信 時事通信

 【ニューヨーク時事】ウォール街(米金融街)の今年のボーナスが平均で前年比4割増加する見通しであることが、米コンサルタント会社の調査で明らかになった。米メディアが5日報じたもので、公的資金で救済された金融機関の従業員が高額報酬を受け取ることに国民の不満が一段と高まる可能性がある。
 部門別で昇給率が最も大きいのは債券売買部門で、50〜60%増。次いで株式売買部門が40〜50%増など。一方、商業銀行部門は5〜10%減、買収・合併(M&A)部門は10〜15%減と落ち込む見通し。
 ただ、金融危機の影響でボーナスは昨年、大きく落ち込んだため、今年の支給額は2006年や07年の「バブル期」には及ばないとしている。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091106-00000297-reu-int
>>> NYで大手金融機関にワクチン優先接種か、波紋広がる
11月6日16時11分配信 ロイター

 [ニューヨーク 5日 ロイター] 米ニューヨークで大手金融機関の従業員が雇用主を通じて新型インフルエンザ(H1N1型)ワクチン接種を受けたと報道されたことを受けて、ニューヨーク市保健当局は5日、対応に追われた。
 複数の米下院議員が同保健当局に対し説明を求め、米疾病対策センター(CDC)は州や市など各自治体に、ワクチン接種の優先順位を再度確認するよう要請した。
 ニューヨーク市保健当局のスポークスマン、ジェシカ・スカペロッティ氏は電話インタビューで、同市は約1100カ所に80万人分のワクチンを配布、米ゴールドマンサックス<GS.N>からは5300人分のリクエストがあったが200人分を配布したと述べた。
 同スポークスマンによると、同市の大規模雇用者25企業や団体のうち16カ所にワクチンが配布された。コロンビア大学や米シティグループ<C.N>もこれらに含まれるという。
 また、米モルガンスタンレー<MS.N>のスポークスマンは、ニューヨーク市内のオフィス用に500人分、郊外のウエストチェスター・オフィス向けに500人分を受け取ったと明らかにした。
 CDCの推計によると、米国の新型インフルエンザ感染者は500万人以上。1000人が死亡したと報告されている。
 新型インフルエンザワクチン不足から、各自治体の保健当局は12月から来年1月まで需要に追いつかないとしており、ワクチンにかかわる問題に神経をすり減らす状態が続いている。
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 ウォール街に絡む2つの記事。先の金融危機以来、ことあるごとにウォール街は「悪の象徴」として扱われていますが、今回も例に漏れず、コメ欄は基本的に非難一色です。

 前者、すなわち、ウォール街労働者のボーナスについては、まず「ウォール街」と一括りにすること自体が、注入された公的資金を返済したところもあり無茶であります。私としては、返済したところであれば、そして、金融システムを破壊しない限りであれば、別に報酬が高額になっても良いのではないかと思うのですが、そうではないようです。

 後者についても、コメ欄(以下)にもありますが、もし非難したいのであれば、その対象は被供給者たるウォール街の中の人ではなく、むしろ供給者たる保健当局の側ではないかと思うのですが、まあ気に入らない人物が生活保護などの社会保障政策の恩恵を受けている場合、与益者たる役所よりも受益者本人のほうを熱心に叩く日本人としては、特に疑問も感じないのかもしれません。
>>> アメリカでのワクチン接種の方針や状況がよくわからないのですが
これは金融機関が批判されるべき話なのでしょうか?

金融機関からの接種希望があっても保険当局が却下すれば良いだけですよね?
優先対象でない者に供給したのなら供給した方のミスだと思うのですが。
希望者は申請せよと言われたら申請はすると思いますよ。
実際にいつ順番が来るかわかんないけど。
お金持ちっぽい人や企業を批判したい気持ちは解らんでもないですが、
アメリカでの報道は行政側のミスとして報道してるのではと...

先手を打ってリスクに備えない金融機関ってのも、それはそれで
信用できないのではないですかね。
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 ちなみに、上記に対する「反論」は以下。
>>> 確かに貴方の意見にも一理ありますが、現状では彼らが金融危機の引き金となり、ボーナスについての対応も不十分であったといわざる得ないでしょう。
この状況下では、慎重に慎重を重ねた行動が求められていたのではないでしょうか?
とすれば、金で優先順位を乱したともとられかねない行動は自粛すべきであり、本件で金融機関が責められるのは致し方ないことであると思います。

現地の報道については、CNNとかTimesに目を通せば良いのでしょうが、
残念ながら自分には無理。能力的にね。
誤った事をいいたくはないので。
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 「李下に冠を正さず」と言いたいのでしょうか? うーん、まあ分からんでもないのですが、いくら「李下に冠を正さず」と言えども、良く考えれば見当違いの批判であるとすれば、ただではすまないでしょうね。そういう意味では、「慎重に慎重を重ねた行動が求められてい」るのは何もウォール街の中の人のみならず、コメ欄の中の人もそうなんですが、その辺にお気づきにならないか、いつもの調子で断定的にモノを語るコメ欄の皆様でございます。

 おまけにこれも貼っておきましょう。「ウォール街vsその他」という(アホらしいけど御馴染みの)二元論的に言えば、「ウォール街側」になる、ニューヨーク市の衛生当局の声明を含む報道記事。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2660946/4792109
>>> 新型ワクチン、ウォール街に配布の報に大非難 米国
2009年11月07日 18:58 発信地:ニューヨーク/米国

【11月7日 AFP】米国内で5日、新型インフルエンザA型(H1N1)に感染すると最も重症化しやすい子どもや妊婦に優先接種されるはずのワクチンが、ニューヨーク・ウォール街(Wall Street)に集まる金融企業に配布されていると報じられ、激しい非難が巻き起こっている。

 ニューヨーク市衛生局によると、米金融大手のシティグループ(Citigroup)、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)はワクチンの供給を申請した。各社は大量の従業員を抱えるうえ、社内に診療所があるため申請資格はある。

■金融危機から積もった怒りが爆発

 しかし、新型インフルエンザのワクチンは現在需要を満たしていないうえ、ウォール街に代表される金融業界に対しては、もともと前年の金融危機が原因で世論の怒りが向けられていた。そこにこの報道で、批判は一気にあおられた。

 組合員に米国最多の医療産業従事者を抱えるSEIU(サービス従業員国際労働組合)のアンナ・バーガー(Anna Burger)副書記は、「リスクに接しているアメリカ人が何時間も順番待ちをしたり、門前払いされている状況なのに」、富も力もある民間企業がワクチンを確保しているとは「卑しい」と憤っている。

 コネチカット(Connecticut)州選出のクリス・ドッド(Chris Dodd)上院議員は、キャスリーン・セベリウス(Kathleen Sebelius)厚生長官に書簡を送り、「ワクチン供給が追いついていないときに、医療機関の前に民間企業が優先されることがあるとしたら衝撃だ」と記した。

 一方でニューヨーク市の衛生当局は、事実が誤って伝わっていると反論している。市衛生局広報担当のジェシカ・スカペロティ(Jessica Scaperotti)氏は、同市では金融機関と二つの大学への配布を許可しており、それはそうした機関には内部に診療所があるうえ、現在ワクチン供給量は十分だからだと説明した。

 また、そうした機関でも従業員ならば無条件に接種を受けられるわけではなく、妊婦や患者に接する医療従事者、慢性疾患を抱える人など公式に高リスクに分類されている人が対象だと述べた。「病院関係者にせよ医療サービス機関の職員にせよ、新型ワクチンの申請者には、リスク・グループに入る人にしか接種をしない点に合意してもらっている。批判している人たちはその点を見逃している」

 これまでに各金融機関が注文したワクチンは、シティグループが2200回分を申請して受け取ったのが1200回分、ゴールドマン・サックスが5400回分の申請に対し200回分、モルガン・スタンレーが1500回分を申請したままなにも受け取っていない、となっている。(c)AFP/Sebastian Smith
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 それはさておき本題。今回取り上げた記事は、どれもこれもアメリカの話であり、別にアメリカ人がどうなろうと、アメリカの税金が如何使われようと、日本に住んでいる限りにおいては、もちろん、世界最強の経済国であるアメリカの経済動静が日本に無関係であることはありえないわけで、今回の一連の動きだってどこかで日本経済に影響を及ぼすわけですが、通常コメ欄の人たちが何よりも重視する「感情的な損害」(税金が浪費された感とか)に視点をあわせるならば、その「損害」はほぼ皆無に等しいはずです。

 にもかかわらず、コメ欄の中の人たちは随分とご不満のご様子。この展開については、あるいは、「他国の話なのにここまで熱くなれるってのは、『共感』している証拠であり、その意味においては良いことなのではないか」という御意見もあるかもしれません。まあそうであってくれれば良いんですが、残念ながら彼らが「共感」の名の下で実際やっているのは、往々にして「共感」ではなく「置き換え」、すなわち、事件当事者の思考回路をたどることによる結論付けではなく、事件に対する自分の思考回路による結論なんですよね。それはたとえば、チュチェ97年8月6日づけ「河野澄子さんを政治利用する死刑推進派」における死刑推進派の「被害者・遺族のために!」を筆頭とする、被害者・遺族の言っていないことを「代弁」する方々なんですよね。本件だって、「能力的に無理」と言っているように、当のアメリカの納税者の声を汲み取った上でのウォール街批判ではないですし。

 「全ては自分の感情基準」と言う点において、主に刑事裁判の「世論」において見られ、「感情屋」と暫定的に命名させていただいている方々は、かなりあちこちにお住まいでいらっしゃるようです。

 、、、何か最近「感情屋」の定義が大きくなりすぎてきたような気がするなー そろそろ再定義しないと、ただのレッテル貼りに終始しそう。
posted by s19171107 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

レイシズムと感情屋的要素

 先週の、在特会の「朝鮮大学校フレンドシップ体験ツアー」について、放蕩息子さんのヲチ記録が公開されました。以下。

h ttp://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20091107

 全体的に感じるところは、「思ったよりくだらないなあ」といったところか。「「プゲラwww」と失笑気味な声が漏れるぐらいで、マジレスしてもらえない有様である。嗤われるだけで相手にすらされてない。」と放蕩息子さんは書いていらっしゃるけど、こりゃなんかある意味、かわいそうな扱いですらあります。

 でもまあ、記事中に紹介されている最初の動画(駅前でのアジ様子を捉えた2分58秒のやつ)において「私たちは何も朝鮮人すべてを否定するのではない」と言いながらも、別の時には「朝鮮人が〜」とか言っているようじゃ、たしかにまあ、マジレスされないのも仕方ないかもしれません。何がしたいのか、何が言いたいのかからしていまいち分からないのは致命的です。(参加者の「報告」によると、「北朝鮮に帰ってもいい、誰も引き止めないのに何故帰らないのか聞きに来た」そうですが、参加者以外の人間が、報告を読んで初めて目的が分かるようじゃ「国民運動」として問題アリなんじゃ。。。)

 しかし敢えてまともに取り合えば、「それをチョソン大学校に言ってどうする」という発言が何度か見られたことについて。拉致だとかなんだとかそういうのに対する不満を持つことは結構ですが、それを総連本部に送りつけるならまだしも、チョソン大学校に言ってどうするんだと。

 『ウリハッキョ』という記録映画があることは、皆様もご存知かと思います。そのなかで、祖国訪問を終えた朝高生が船で新潟港に到着したとき、港の荷降し場みたいなところで、拉致問題関係の団体の抗議活動に遭遇するというシーンがあります。

 拉致問題に関して共和国政府に抗議をすること、それは大変結構なことです。しかし、それを朝高の生徒が乗った船にしてどうするんだと。アレだけいつも「北朝鮮は独裁国家!」とか言っておきながら、その「独裁国家」の権力構造においては末端の末端に位置する在日の少年少女に抗議したところで、彼らだって「そんなこと言われても困る」と言わざるを得ないでしょう。それと同じことがまたも起きたのです。

 先日も同じようなことを書きましたが、やはりこれは、「各拡大レベル」間の連続性が断絶しているんでしょうかね。つまり、「共和国の権力構造における党幹部と在日朝鮮人それぞれの立ち位置」という「拡大レベル」におけるキャラクター設定と「日本籍者と朝鮮籍者」という「拡大レベル」におけるキャラクター設定との連続性が途切れている。

 また、朝鮮籍の人物による不法行為について言及しているところがありますが、それだってチョソン大学校やそこに集まる人たちに言っても余り意味は無いような。「その辺をどうにかするのに、彼らの同胞社会としても協力してほしい」と言うのならまだしも、ああいうのは全く意味を成さない行為です。

 この辺の「断絶」や「抗議の方向・方法違い」に気がつかないのは、連中がもはや感情に身を任せているからでしょうか。


 ところで、本件については、金英日ソンセンニムのところでも取り上げられています。

h ttp://qrz.blog17.fc2.com/blog-entry-1964.html

 入り口での在特会入校拒否のシーンの動画について、「入れてあげてもいいんじゃないのか」と仰っています。(※金英日ソンセンニムのご意見は、ブログ記事中の表現だけでは反感を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、そういう方は是非、ソンセンニムのコメ欄での見解もご覧いただきたい)

 まあそりゃ落ち着いて考えてゆけば、特に拒否する理由も無いかもしれません。一応、どれほど本気なのかは分からないけど、大声出したりはしない、みたいなこと言っていますし。いくら在特会の普段の行いがクズでも、実際にクズなことをやらない限りは、「普段の行い」を引っ張りだすのはどうかと私は思います。というか、敢えてここは入れてやったほうが良かったかもしれません。たぶん連中、入れてもらえないのを見越して色々とセリフを用意してきただろうから、ここで予想外の入校許可を出せば、連中の「正体」が見られたかもしれません(そういう意味では残念だったかも)。

 しかし、世の中、「落ち着いた考え」だけではなかなか上手くいかないんですよね。感情の力は手ごわいです。日々、「感情屋」の相手をするブログを運営していると本当に痛感します。

 その辺を踏まえたうえで、いかに意見の異なる相手と付き合ってゆくか。付き合わないにしても、ではどうやってお引取り願うか。私も試行錯誤を繰り返していますが、なかなかこれといったものが見つかりません。しかし、この課題を回避することはできません。

 そう考えると、色々とごっちゃにして勝手に不満を増幅させ、あまつさえ変な方向に抗議している在特会が感情屋的要素を多分に持っている(刑事事件の「世論」において見られる感情屋の憎悪形成過程と、在特会の在日コリアンに対する憎悪形成過程って結構似ているような気がします)のは今更言うまでも無いことですが、対するチョソン大学校もまた、感情屋的要素を持っていると考えざるを得ません。在特会と同じレベルに落ち込んでいるチョソン大学校の現状は、実に残念でなりません。


 そして、こういう感情屋的要素が、民族の問題がかかわる場面において顕れると、ちょうど金正日同志が2002年2月に発表なさった「民族主義にたいする正しい認識をもつために」において厳しく批判なさった「ブルジョア民族主義」の温床になると。「ブルジョア民族主義」というのは聞き覚えの無い語句かと思いますが、まあ「レイシズム」とは厳密には一致しないかもしれませんが、それほど大差の無い語句だと思っていただいてここでは良いと思います。国際主義無き民族主義は害毒以外の何者でもありません。

 レイシズム(ブルジョア民族主義)の害毒性を深く認識し、その温床である、自己の中にある感情屋的要素を徹底的に排除しなければなりません。
posted by s19171107 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

犯罪に対する日本社会の関心の程度と公訴時効存廃問題

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009110500037
>>> 容疑者目撃「なぜ誰も言わない」=リンゼイさん両親が怒り

 英国籍の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさんの殺人死体遺棄事件で、指名手配中の市橋達也容疑者(30)とみられる男が整形手術を受けていたと報道されたことについて、リンゼイさんの両親は「うちひしがれている。若い男が病院に行き、医師に容姿を変えるよう求めたのに、なぜ誰も何も言わなかったのか」と社会の無関心さに憤りをあらわにした。英紙デーリー・テレグラフ(電子版)が4日、報じた。

 母親のジュリアさんは同紙に「どこに住んでいるのか、整形手術の費用はどうやって手に入れたのか、多くの疑問がわく」と指摘した上で、「最も腹立たしいのは容疑者が目撃されているのに誰も何もしてくれなかったこと。メディアで報じられ、警察はいつも後手に回っているようだ」と批判した。(2009/11/05-01:24)
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 犯罪に対する日本社会の無関心さに対してお怒りの遺族。「なぜ誰も何も言わなかったのか」というのはもっともな疑問ですが、私としては、これがこそが日本社会の現実であると言わざるを得ないと思います。

 本件に限らずそうですが、基本的に日本社会においては、あらゆる物事が、何か動きがあるときだけ報じられ、報じられたときだけ社会的な関心が高まり、それ以外の時には、まるで無かったかのように扱われます。たとえば刑事事件では、本件のように動きがあったり、あるいは時効寸前になるといったふうに、報じるキッカケが無い限り報じられることはないし、であるからこそ社会的な関心は高まらず、情報提供は殆ど無いに等しい状態が続きます(本件の場合は整形手術という、情報提供が下火になる致し方ない事情はあるものの、手術時節を含めて考えると、やはり「社会的関心」を問題視せざるを得ません。ネカフェとか使っていたんでしょ? あるいは、整形術師にしても、プライバシーの関係から身元を余り確認できないのはそのとおりだろうけど、職業柄、もう少し意識的であるべきじゃないの?)。あるいは、拉致事件にしても、その問題は停滞したままですが、報じるべき新しい情報が無いので、よって報じられることはなく、それゆえ社会的な関心も下火になっています。これが現実です。

 このような日本社会の現実をかんがみると、引用記事から話はちょっと反れますが、公訴時効存廃問題について考えざるを得なくなります。すなわち、今年は数カ月おきに、公訴時効存廃問題が数日間にわたって取りざたされるということが何度かありました。私見では、懲悪vs冤罪の蓋然性の問題、というのが主要な論点であるのではないかと認識しておりますが、私としては、(この対立構図についてももちろん見解はあるのですが、敢えてここでは別の視点に立つと)たとえ公訴時効を廃止したとしても、日本人のこの無関心さというか、新しい情報がなければ報じないし、報じられなければ誰も何もしないという習性がある限り、それほど意味のあることなのだろうか、むしろ、公訴時効が成立したからこそ自ら名乗り出るという、稀有ではあるものの時折ある「真相判明」が、いよいよ無くなってしまうのではないかという懸念があります。もちろん、「だから公訴時効は存続すべきだ!」とは短絡的にはいいませんけど。(←短絡的で感情的な人対策)

 さて、ここ数日、四六時中報じられている本件は、1日あるかないかくらいで211件の情報提供があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091106-00000226-jij-soci
>>> 市橋容疑者の情報提供211件=整形後の写真公開後で−英女性死体遺棄・千葉県警
11月6日20時49分配信 時事通信

 千葉県で起きた英国籍の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=の殺人死体遺棄事件で、死体遺棄容疑で指名手配されている市橋達也容疑者(30)の整形後の写真を公開してから6日正午までに、県警行徳署捜査本部に情報提供の電話が211件寄せられたことが分かった。ただ同容疑者逮捕につながるような情報はないといい、県警は引き続き情報提供を呼び掛けている。

 捜査本部によると、情報提供は全国各地から寄せられており、特に同容疑者が10月下旬に鼻の整形手術を受けた愛知県と、東京都が多いという。10月31日に寄せられた情報はわずか3件で、同容疑者について報じられた後は件数が急増しているという。

最終更新:11月6日21時48分
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 もし数日以内につかまらず、よって報じるネタが尽きてしまった場合、果たして本件は、今後どのように報じられるのか。そして、日本社会は本件に対して関心を持ち続けられるのか。本件は、公訴時効存廃問題を考える上でも注目すべき未解決事件です。

 「犯罪者」を「のうのうと生活させている」のは、警察が怠慢であるというよりは、社会が無関心であるからです。(しかしそれにしても整形、すなわち他人に、全国に指名手配されている自分の顔をじーっと見させるということを良くやったもんだなぁ)

関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

進歩していない

 ちょっと前の話になりますが、去る10月21日から宇都宮地裁で、足利事件の再審が始まりました。足利事件は、無実の人間が18年近くにわたって「拉致監禁」された件であるため、警察・検察・裁判所に対する激しい批判がメディア報道あるいは世論において巻き起こり、捜査手法や裁判の実際についてさまざまな意見が交わされました。

 たしかに、捜査手法や裁判の実際について反省すべきところは多くあり、その点、メディア報道や世論の視点は間違ってはいません。しかし、メディアもメディアで菅家氏を犯人視する報道(特に読売新聞がひどかった)をしていましたし、世論だって、たとえば「そんな人だとは思わなかった」というような「近所の住民の声」が紙面に掲載されたように、菅家氏を犯人であると決め付けていました。にもかかわらず、メディアも世論も、自己の過去については殆ど省みることはありません。そして、同じようなこと、いや、それよりも低質な報道が繰り返されています。たとえば、以下。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091101-00000034-sph-soci
>>> 婚活詐欺女、中学時代から援交か 地元住民の話で浮上
11月1日8時1分配信 スポーツ報知

 埼玉県警に詐欺容疑などで逮捕された後、知人男性の相次ぐ不審死が発覚している女(34)について、中学校時代の“援交疑惑”が判明した。出身地の北海道別海町の住民の話で浮上したもので、成人男性との交際で多額の収入を得ていたとみられ、中学生ながら財布には1万円札の束が入っていたこともあったという。

 独身男性に結婚をちらつかせて金を詐取していたとされる女だが、その兆しは中学時代にあったようだ。

 地元住民の話を総合すると、別海町内の中学校に通っていた女は、成人男性と交際をする見返りに金銭を受け取る、いわゆる“援助交際”を行っていた疑惑が浮上した。性行為があったかどうかは不明だが、複数の男性から報酬を受け取っていたようで、1万円札の束が入った財布をクラスメートに見せたこともあったという。

 事実を知った中学校側は、何度も繰り返し援交をやめるよう注意。しかし、女は聞き入れることはなかったようだ。住民の中には「小学校高学年から大人の男性と一緒に歩いていた」と話す人もいる。

 中学生で大人の男性と交際していた女だが、性格は他人との交流に積極的だったわけではなかった。「あいさつはちゃんとするんだけど、いつも目と目は合わさない子だった」(住民)。外見にもあまり気は使わず、髪の毛はフケでいっぱいだったという。

 援助交際は、1990年代中盤に携帯電話や出会い系サイトで爆発的に広まったが、女の場合はインターネットも携帯電話も一般化していない80年代後半の話。「援交」という言葉すらなかった。

 また、複数の住民の証言によると、5年ほど前に羅臼町のガケから車で転落して自殺したとされる父親は、死亡する5〜6年前から母親と別居していたという。あまり近所付き合いを好むタイプではなかったようで、朝から独りでパイプをくわえている姿が、何度も目撃されている。

 一般企業にも籍を置いていたが、町議会議長を3期務めた祖父の司法書士事務所で仕事を手伝っていた。後継者となることを目指し、何度も司法書士資格の試験に挑戦したが、なかなか合格しなかったという。ある住民は「試験のことがプレッシャーになって自殺したんじゃないかと言われている」と話した。
<<<
 「という」あるいは「ようだ」が多用された、伝聞のみを以って印象・イメージを作り上げる記事。足利事件のときも印象やイメージでモノを語る記事がありましたが、あれは一応「DNA鑑定」という、それなりに信頼性のあるインパクトの裏打ちがありました。しかし今回はどうか。結婚詐欺と援助交際は、性とカネの絡む問題という点では共通するものの、そのほかの点において余り関連性が見られるとは言いがたいと言わざるを得ません。にもかかわらず直結させる本記事。裏打ちも何も無い印象・イメージ作りでしかありません。

 そして、そんなのを真に受け、「疑惑」のひとつとして取り上げるコメ欄。ネット世論と現実世論のズレの補正が必要ですが、二者はそれほどズレてもいないと思います。
>>> 2009年11月1日 8時10分sho*****さん

私もそう思う10,282点 私はそう思わない247点

これだけ疑惑がありゃあ十分実名報道出来るだろ。
<<<
 「印象やイメージで物事を判断するな」とは、求めたところでいきなり達成できるわけないので、もう言いません。そこまで求めるのは酷です。しかしそのかわりに、もうちょいマトモなソースで印象・イメージを作ってくれませんか。妄想を元に妄想を繰り広げられちゃかないません。せめて、現実を元に妄想してください。
posted by s19171107 at 22:04| Comment(2) | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

「機械的平等・公平指向」

 先日、電車の中で聞いた話。何なのか良く分からなかったのですが、何かの予約をするための「新しいサービス」が始まったそうで、その新サービスを利用して予約すると、新サービスを使わないで予約したときよりも若干、料金が安くなるというキャンペーンをやっているそうです。人間の合理的経済活動志向を利用した誘導策として、企業のみならず、政府も良くやる手段です。

 私なんかは、もちろんその「新サービス」の加入要件が厳しく、加入できない人が通念上、許容範囲を超えているのならば話は別ですが、申請すれば誰でも加入できるようなものであるならば、そういう料金差を以ってしての新サービス加入誘導を図ることは別に何とも思わないのですが、その話をしていた方々は、「誰か割引されると言うことは誰か損をしているということだから、それは問題だ!」と話しておられました。

 さて、昨今の日本社会では、たとえば「天下り」が、(より本質的な問題である「政官財癒着」以上に)「特権」として問題とされているように、特定の人物・集団の、権力から保護された利益を「特権」として否定する風潮が強く感じられます。しかしながら、その「特権」というのは、なければそりゃまあスリムにはなりますが、かといって存続したところで国民生活にそれほど大きな悪影響はない、今までどおりの状態、すなわち、多少生活は厳しくなり支出削減が必要ではあるが、それでも未だに「派遣労働者の首切りは自己責任!」と呑気に叩いていられるくらいの状態が、今までどおり続くという程度のものであることが少なくありません。

 にもかかわらず、日本社会は目下、「特権」に対して血眼になって叩いています。なぜそこまで?

 私としては、今回立ち聞きした「誰か割引されると言うことは誰か損をしているということだから、それは問題だ!」というような思考回路、すなわち、全ての人に対する機械的な平等・公平を求める思考が、「特定の人物・集団に対する特別な利益」を叩くに至らせているのではないかと仮定します。

 今回は仮説提起にとどめ、今後、資料(新聞世論調査とかを集めればいいのかな?)を使って検証してゆこうと思います。本当は今日、資料を使って検証までしておきたかったのですが、ちょっと時間が無くて。。。資料を集める時間的余裕が生まれるまでに問題意識&仮定を忘れてしまいそうなので、メモしておきます。
posted by s19171107 at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする