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2010年09月24日

「ウッカリ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100922-00000573-san-pol
>>> 忘れていた拉致担当をあわてて追加 自民「影の内閣」正式発足 
産経新聞 9月22日(水)18時35分配信

 自民党は22日、シャドーキャビネット(影の内閣)を正式に発足させた。21日の名簿発表時に忘れていた「拉致問題担当相」には、竹本直一「国家公安委員長」を兼務させることを決めた。

 党政調関係者によると、シャドー・キャビネットの「組閣」の際、政権を奪い返せば閣僚へ起用される可能性があるとみて、中堅議員を中心に石破茂政調会長、林芳正政調会長代理らへ売り込みが殺到。「調整に追われるあまり、拉致問題担当相の人選をウッカリ忘れた」(政調関係者)というが、大失態といえそうだ。

 党本部で開かれた「初閣議」で「首相」となった谷垣氏は「政権側よりはるかに能力が上回っている自信がある」と強調した。
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 「ウッカリ忘れた」ってのも凄い話ですが、それに対して関係者が、それほどファビョっている様子が見えないのが若干気になります。。。
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2010年09月20日

文化「小」革命

若干、古い記事ですが、、、
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20100907-OYT8T00652.htm
>>> 小学英語 教材存続へ
仕分けで「廃止」 現場が猛反発


 小学校英語の必修化が来年4月に迫る中、文部科学省は、昨年の事業仕分けで廃止とされた補助教材「英語ノート」について、今後も無償配布を続ける方針を決めた。

 多くの学校現場から廃止反対の声が上がったうえ、デジタル化しての配布を検討したものの新たに著作権費用が発生することや、自治体や学校で印刷すると現在の数倍の費用が全体でかかることが判明、方針を転換した。


 英語ノートはイラストを多く使い、あいさつや数の数え方などを遊びやクイズを通して学べる内容。2009年から5、6年の全児童向けに配布されている。小学校英語では教科書はなく、指導力の高い教員も少ないことから、現場では英語ノートが貴重な教材として授業で使われている。

 しかし、昨年秋に行われた政府の事業仕分けでは、仕分け人から「なぜ小学校で英語を教えなければならないのか」「デジタル化して学校ごとに印刷すればいい」との意見が出され、30分程度の議論で「廃止」とされた。文科省は、無償配布は11年度まで行うが、以降は教材をデジタル化しインターネット経由で提供する方法を検討するとした。

 この方針に学校側は強く反発。「廃止反対」のメールや電話は、意見募集した昨年末までだけで2000件を超え、同省が全国100か所以上の教育委員会や学校に出向いて行った聞き取りでも、存続を希望する声が根強かった。

 その上、国が印刷を一括発注する現在の方法なら必要な260万冊分のコストが1冊あたり40円なのに対し、教育委員会や学校が提供されたデジタル教材を児童用に印刷すると全体の費用は3〜4倍に膨らみそうなことが同省内の試算で分かった。

 デジタル化してのネット送信も、イラストや写真の著作権使用料がかかることになり、「結局、経費節減にならない」(文科省幹部)という状況になった。このため同省は英語ノートを存続させる方針に転換、ネット利用は内容の一部にとどめることにし、関連予算を来年度予算の概算要求に盛り込んだ。

 小学校英語は、20年以上に及ぶ議論の末、必修化が決まったが、国の現場への支援策は英語ノートや、外国語指導助手(ALT)の研修費用などにとどまる。

 小学校で教科にするべきか、始める学年はどうするかなどを検討するための調査費も昨年の事業仕分けで廃止され、来年度予算の概算要求には盛り込まれていない。

 小学校英語 2011年度から小学校で必修となる「外国語活動」の一環。5、6年生が対象で、それぞれ年35時限の必修だが教科ではない。言葉や文化に触れ、会話力の素地を養うのが目的で、ほとんどの学校で先行実施している。

(2010年9月7日 読売新聞)
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 「事業仕分け」すなわち、中央の一方的決定が現場の現実を反映していなかったとして、本件を「中央集権体制の限界」として断ずるのは、一面においては正しい見解だと思います。しかし、「それだけ」なのでしょうか。かかる文革的吊るし上げ手法は、それでは、ミクロレベルであるならば有効なのでしょうか。「文化『大』革命」ではダメだが「文化『小』革命」なら良いのでしょうか。

 当ブログを以前からご覧になっている方におかれましては、私が導き出したい結論は既に見えているかとは思いますが、しばらくそのテーマをダラダラと取り上げて行こうと思います。どうせそのうち「地方分権」が騒がれるでしょうから。今日は欠く気力がないからもうやめるけど!
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2010年09月19日

相手によって?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100917-00000081-jij-soci
>>> 暴行受け、中3女子が自殺=19歳2人を準強姦容疑で逮捕―沖縄県警
時事通信 9月17日(金)14時38分配信

 酒に酔った中学3年の女子生徒に集団で乱暴したとして、沖縄県警豊見城署は17日までに、集団準強姦(ごうかん)容疑で那覇市と豊見城市に住むいずれも無職で19歳の少年2人を逮捕した。同署によると、1人は容疑を認め、1人は「合意の上の行為だった」と否認している。
 女子生徒は事件後に自殺。関係者によると、姉らに事件について相談していたという。
 2人の逮捕容疑は7月11日午前7時半〜10時15分ごろ、豊見城市の野球場近くの公衆トイレで、泥酔し抵抗できない状態の女子生徒(14)に乱暴した疑い。
 同署によると、2人と生徒は初対面で、この日午前5時ごろから、別の10代の男女7人と現場近くで泡盛などを飲酒。同署は、現場にいたほかの男5人が暴行に関与していなかったか慎重に調べている。
 同署によると、同日午前10時ごろ、近隣住民から豊見城署に「若者が集団飲酒している」と通報があった。約30分後に同署員らが駆け付け、現場にいた生徒と男1人を保護したが、外傷などがなかったため、事件に気付かなかったという。
 生徒が自殺した後の同月15日、姉から事件について聞いた母親が同署に通報、今月3日になって2人を逮捕した。 
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 で、久々だが例によってコメ欄。
>>> 2010年9月17日 14時41分 ind*****さん
私もそう思う42,088点 私はそう思わない487点

強姦し、女の子を自殺に追いやっても保護される少年法。おかしすぎる!!
かいせいするべきだ
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>>> 2010年9月17日 14時40分lov*****さん
私もそう思う30,705点 私はそう思わない357点

この男たちが殺したようなものだよ。殺人罪も適用してほしい。
それにしてもこんなひどいことをしているのに顔も名前も出ないなんて・・・。おかしすぎます。
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 以前、(同じ)沖縄で、米海兵隊員が(しらふの)女子中学生を強姦したという事件(参照)がありましたが、そのときは、今回と同じように「米兵ケシカラン」というコメントもあったものの、それに負けず劣らぬ勢いで「ホイホイついていった女子中学生の自己責任」ってのもあったと思ったんですが、、、

 もちろん、彼女は「泥酔し抵抗できない状態」だったわけですが、我らが自己責任論者氏にしてみれば、そこは、「『抵抗できない』ったって泥酔していて抵抗できなかったんだろ。泥酔するほど飲んだ自己責任」としてくださるはず。でも、そういう角度はこの記事のコメ欄には見られないですね。以下の、本件についての第二報記事のコメ欄にはありますが、しかし、反対投票も少なくありません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100919-00000014-jij-soci
>>> 17歳少年を逮捕=中3女子集団暴行―沖縄県警
時事通信 9月19日(日)10時46分配信

 沖縄県豊見城市で中学3年の女子生徒(14)が少年に集団で乱暴され自殺した事件で、県警豊見城署は19日、集団準強姦(ごうかん)容疑で、新たに無職の少年(17)=那覇市=を逮捕した。同署によると、容疑を認めている。
 同署は女子生徒への暴行に加わった少年がほかにいないか、慎重に調べている。
 逮捕容疑は、7月11日午前7時半〜10時15分ごろ、いずれも無職の19歳の少年2人=同容疑で逮捕=と、豊見城市の野球場近くの公衆トイレで、泥酔して抵抗できない状態の女子生徒に乱暴した疑い。 
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>>> 2010年9月19日 10時47分 per*****さん
私もそう思う6,982点 私はそう思わない2,987点

飲酒してる女子生徒も悪い
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 こうして、類似事件とそれに対する「世論」を比較してみると、なにやら色々と透けて見えてくるような気がします。
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2010年09月18日

「庶民感覚」

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100917k0000e040017000c.html
>>> 橋下知事:弁護士業務停止に 光母子殺害事件のTV発言で

 弁護士の橋下徹大阪府知事が、山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団を批判し、テレビ番組で懲戒請求を呼び掛けた問題で、所属先の大阪弁護士会(金子武嗣会長)は17日、「品位を害する行為に該当する」として、橋下氏を業務停止2カ月の懲戒処分にしたと発表した。処分は同日付。不服がある場合は日本弁護士連合会に審査請求できるが、橋下氏は同日、請求しない意向を示した。

 会見した金子会長は処分理由について「刑事弁護に対する誤った認識、不信感、不名誉感を与えたうえ、多人数の懲戒申し立てがあれば懲戒請求が認められるかのような誤った認識を与えた」と説明した。

 橋下氏は知事就任前の07年5月、民放テレビ番組で弁護団を批判。「許せないって思うんだったら、弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」などと発言。同弁護士会によると、弁護団に対し7900件を超える懲戒請求が弁護士会に届いた。この発言について07年12月、市民ら約300人が橋下氏の処分を求めて懲戒請求した。

 同弁護士会の綱紀委員会が昨年11月、「弁護士に深刻な精神的被害を負わせ、弁護士会を事務処理に忙殺させる極めて重大な結果をもたらした」と判断。懲戒委員会に審査を求める議決を出し、懲戒委が審査していた。

 橋下氏が代表を務める弁護士法人「橋下綜合法律事務所」によると、橋下氏は知事就任後は弁護士業務をしておらず、顧問契約も橋下氏名義から弁護士法人名義に変更。事務所に来るのは月に数回程度で、業務停止の影響は事実上、ないとみられる。

 一方、橋下氏は同日午前、大阪府庁で記者団に「僕の品位と(大阪)弁護士会の品位はまったく違う。(処分の基準は)大いに疑問だ。僕は一般府民が感じる品位で動いていく。北新地に行けば、品位のない弁護士は山ほどいる」と不満をまくしたてた。【苅田伸宏、田辺一城】
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 まあ予想通りの懲戒処分、予想通りの信者の反応(mixi日記にて)、そして予想通りの本人の反応です。予想通り過ぎて特にコメントすることもないのですが、あえて本人の反応について少し取り上げておこうと思います。

僕の品位と(大阪)弁護士会の品位はまったく違う。(処分の基準は)大いに疑問だ。僕は一般府民が感じる品位で動いていく。北新地に行けば、品位のない弁護士は山ほどいる」だそうです。要するに、「僕の品位=一般府民が感じる品位と弁護士会の品位はまったく違う」と「ほかにもっと品位のない奴らがいる!」との2つが、彼の言い分の主たるところでしょう。

後者については、もはや小学生の言い訳レベルで、いい年した大人がこんなこと言っているのは、こっちが恥ずかしくなってくるのでスルーするとして、前者の、特に「僕の品位=一般府民が感じる品位」という設定について。

「僕の品位=一般府民が感じる品位」というのは、彼のお得意のセリフです。彼は、庶民派を自称することによって支持を広げています。しかし、本当に彼の感覚は庶民的なのでしょうか。庶民の中に分け入って、庶民の言い分を汲み取っての感覚なのでしょうか。それとも、「僕の品位=一般府民が感じる品位」と単に思い込んでいるだけで実は自分の思いつきで行動しているだけなのでしょうか。この分析は、橋下氏のみならず、ネット上にも数多存在する自称「庶民派」の分析にも応用できるものと思います。

さて、その分析の道具として、私は以下の記事を取り上げたいと思います。
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20100716041.html
>>> 橋下知事 全国知事会を酷評「生ぬるい」

 大阪府の橋下徹知事は16日、消費税引き上げなどを国に求める緊急声明をまとめて閉幕した全国知事会について「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」と酷評した。

 橋下氏は全国知事会議で、国に一方的に増税を求めるのは無責任で地方も地方税引き上げなどを検討すべきだとする持論を展開したが、十分な賛同は得られなかった。この結果に「国がリスクを取って消費税を上げても、地方にはびた一文回ってこないし回す必要もない」と述べた。

 会議のあり方自体についても「知識をひけらかす発表会。民間のトップレベルの会議とはほど遠い」と苦言を呈した。

[ 2010年07月16日 13:44 ]
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 だいぶ古い記事ですが、7月の全国知事会についてです。橋下氏によると「国に一方的に増税を求めるのは無責任で地方も地方税引き上げなどを検討すべき」であり、そこに切り込まない知事会は「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」だそうです。そしてお決まりのシメ「民間のトップレベルの会議とはほど遠い」。もうおなかいっぱいです。

 恐れ多くも一言申し上げるのならば、納税者たる庶民にしてみれば、納税先が何処だろうと大した違いは無いのですが。どうせ出所は私たちの財布なのだがら、「何処に納めるか」だなんて縦割り行政の縄張り争いみたいなことは如何でもいいというのが、それこそ「庶民の感覚」ではないのかと。

 もちろん、「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」というのはある意味において「庶民的な感覚」といえなくもありません。しかし、「どうせ出所は我々の財布なのだから、その納税先が国か地方かだなんてそれほど問題ではない」のほうがより「庶民的な感覚」ではないのか。より「庶民的な感覚」をスルーして、「庶民的な感覚」でないことはないが本質ではない方に走る。橋下氏の「庶民感覚」がどのように形成されているのか、本当に庶民の中に入り込むことによって形成されたモノなのか、というのの一端が見えてくるように思います。

 そして、このような現実を見ると、橋下氏に限らず、自称「庶民」の「庶民感覚」というものが、本当に多数派と一致しているのかというのは、疑問符がついてしかるべきでしょう。その「庶民感覚」は本当に「庶民感覚」なのか。「庶民感覚」というのは「常識」とか「普通の感覚」と言い換えられることが多いですが、「自分は普通」というのは、実は自分が勝手に思い込んでいるだけで、本当はむしろ「異常者」かもしれない。特に日本人は他人と意見を戦わせることを好まず、雰囲気やなあなあ、事なかれ主義で済ませる民族なので、他者と意見を戦わせ、自論を洗練させる機会がそれほど多いとは思えません。果たして、他者と意見を戦わせずして「庶民の感覚」「常識」「普通の感覚」を打ち鍛えることはできるのか。その辺を考えると、ますます日本人の言う「庶民感覚」の胡散臭さが際立つように思います。
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2010年08月19日

ごどく

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100817k0000e040016000c.html
>>> ひったくり:妻が被害、夫が逮捕 警官夫婦好プレー 福岡
 福岡県警博多署は17日、女性警察官(29)のショルダーバッグをひったくろうとしたとして住所不定、無職、伊藤修容疑者(31)を窃盗未遂容疑で現行犯逮捕したと発表した。女性の近くにいた警察官の夫(33)が、女性に大声を上げられて逃げ出した伊藤容疑者を取り押さえた。

(中略)

 伊藤容疑者は「女性とぶつかっただけで、ひったくりはしていない」と容疑を否認しているという。

毎日新聞 2010年8月17日 10時41分(最終更新 8月17日 11時49分)
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 毎日新聞はmixiにも記事を提供しているんですが、mixiニュース一覧では、紙幅の制限から、本記事は、記事一覧などでは「妻がひったくり被害 夫が逮捕」と短縮して表示されています。で、この短縮表示を見た少なくないユーザーには、「妻がひったくり被害にあって、犯人を捕まえてみたら夫だった」というふうに誤読した人が少なくないようで。。。

 まあ確かに「夫が逮捕」を「夫が逮捕された」と読む、つまり、「された」が省略されていると読めば、その読みも可能ですが、紙幅が限られているがゆえの短縮表示という事情、そして誤読防止の必要性を考慮すれば、本当に「捕まえてみたら夫だった」といいたいのであれば、「夫が逮捕した」のか「夫が逮捕された」のか曖昧になる「逮捕」ではなく、「夫逮捕」にするでしょうよ。一応、新聞記者って言葉の商売ですから、その辺の措置はとると思うんですけどね。まあ、採らない記者もいますけどw

 誤読、怖いですよね。特に刑事事件報道で誤読とかされると、ただでさえ「世論」は感情的になりやすいのに、それに輪をかけることになる。お怒りになるのはこの際、いいんですが、まともな日本語認識能力が求められます。まあ、私もあまり人のこといえないのでありますが。もっと辞書ひこう。。。
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2010年08月17日

本当に「意識的に」なのか

http://www.cinematoday.jp/page/N0026265
>>> 向井理、靖国参拝 今の自分は「ちゃんと生きて、生活できているから幸せ」
2010年8月16日 13時37分

 14日にTBS系列で放送された終戦ドラマスペシャル「歸國(きこく)」に出演した俳優・向井理が、本ドラマ撮影前に靖国神社を参拝したことを15日付けのブログで明かした。向井は、「幸せ」と題し、戦争について「一年に一回でも深く考えてみても良いんじゃないでしょうかね」と終戦記念日となる8月15日に自身の思いを明かしている。

 向井は、「決して終戦『記念日』ではありません。戦争に関わった人全てに於いて、まだ戦争は終わっていないからです」と率直に語り、同ドラマ撮影前に靖国神社を参拝したことを告白。

(後略) <<<
 >同ドラマ撮影前に靖国神社を参拝したことを告白。
 「立派な志ですねえ」と言っておきますが、靖国しか行っていないんだろうなあ。いや、知らんけど。でも、ネット媒体が、たかだか数文字をケチる必要もないしなあ。

 まあ、たとえ本当に、靖国しか行っていなかったとしても(以下、その前提で話を進めちゃうよ!)、死者の霊魂が何処にいるかというのは生きている人間には分からず、よって、どこに参拝するのかは生きている個々人の考え方次第であり、その点、「戦死したらみんな靖国に行く」と本気で信じており、ゆえに、意識的に靖国しか参拝しなかったとすれば、まあそれはそれで結構ですけど、果たして本当に「意識的に」なのか。毎年8月15日の靖国参拝者と千鳥ヶ淵参拝者の数の顕著な違いを観察・記録している私としては、ちょっと気になるところです。千鳥ヶ淵のなんたるかを知らない可能性もあります。
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2010年08月16日

靖国神社へ人物ウォッチに行こう2010

 懲りずにやりました。去年と一昨年の記録記事は、そういえば未だに書いていないけどw写真とか何処にしまったか忘れたよ。。。

 チュチェ94(2005)年が丸一日、靖国にへばりついて観察、95年は、午前中、左翼のデモをヲチったあと、午後は靖国の観察、96年は靖国と千鳥ヶ淵の訪問者の違いの記録、97年(一昨年)がウヨサヨそれぞれの8・15、昨年がウヨサヨ戦争というテーマでやってまいりました。すべての過去ログはこちらのインデックスページ参照。

 今年は、原点回帰して、丸一日(といっても15時まで)、靖国にへばりついて観察しました。九段下交差点では、例によってウヨサヨ戦争やっていたみたいですが、今年は見ませんでした。以下は、終戦から65年の8・15の記録です。

 なお、以下、場所の名称が分からない場合は、こちらをご参考にしてください。靖国神社公式ページの境内案内図です。

 例によって6時の開門前に現地入りする私。前日、土曜日だったからそんなにキツくもないのは幸い。

 例年は神門前、ど真ん中で開門を待っている喪服隊が、今年は大手水舎のヨコにへばりつくように、つまりど真ん中を避けて待機している。いつもの場所には、別に誰が並んでいるわけでもなく、かといって誰もいないわけでもない。

 神門の開門と同時に無秩序的に吸い込まれる群集。無秩序というと聞こえが悪いか。でも、所謂「整列乗車」を「秩序的」とすれば、少なくとも「整列乗車」の「秩序」とは程遠い。そういう意味で「無秩序的」。だからといって、我先に人を掻き分けているわけじゃないよ。

 7時。参拝者人数は、普通の休日の昼間くらいかな。チュチェ96(2007)年の記録によると、その当年の早朝参拝者数は「平日の昼間くらい」とのことだから、例年よりは多いんだろうなあ。ただ、年齢構成は、やっぱり中高年の朝は早いなあといわざるを得ない。まあ、朝早く来れば良くて、昼間から来るのは悪いとか、そういう性質のものではないから別に構わないと思うけど。あ、ウヨさんたちは朝に弱いみたいです。気合入れて開門と同時に参拝するのもいますけどね。

 8時過ぎても、年齢構成は40〜65歳くらい(に見える)の層が一番多い。8時10分ごろから、「英霊にこたえる会」が、新しい国立追悼施設建設反対署名活動とアジをはじめる。調子よく色々まくし立てるも、「(民主党政権の)いかがわしい政策、、、」といいかけて途中でやめたのは何か意外だった。まあ、「新国立追悼施設建設反対」と「『いかがわしい政策』批判」って、悪いけど関連性ほとんどないからね。

 このことを筆頭に、8月15日の靖国神社って、本来的な「戦没者追悼」とは脱線した主旨の宣伝活動・署名活動が少なくありません。最たるものは、九段下駅から神社入り口(大鳥居)までの間の歩道、東京理科大前あたりでやっている、台湾・チベット・ウイグル関係、法輪功関係、外国人参政権関係の宣伝活動・署名活動でしょうね。こんな日にこんなところに来る人だから、署名活動も集まりやすいだろうと踏んでのことなんだろうけど、それにしても、「8月15日に靖国に参拝する人なら、きっと署名してくれるだろう」という、ある種の甘えというか、願望みたいなのが透けて見えます。もっとも、これらの宣伝活動・署名活動は、靖国神社の敷地外ですけどね。「英霊にこたえる会」は、敷地内でやっちゃったけどwだから、途中で打ち切ったのかな? 主旨は「新国立追悼施設建設反対」であり、神社もそういうことならってことで敷地使用許可を出したのであって、「民主党政権反対」ではないはずだからね。まあ、うっかりホンネが出てしまったというところでしょうか。

 あ、ちなみに、こういう願望的便乗の宣伝・署名活動は、なにも右派だけじゃないよってことは確認しておきたいと思います。免罪符的に。たとえば、5月3日の護憲の立場からの憲法集会では、毎年、会場周辺には、共産主義者(ちなみに、日本共産党みたいに、「資本主義の枠内での〜」みたいな甘っちょろい共産主義者ではなく、頭数さえ揃えばすぐにでも蜂起したがっているガチな人たちのほうですよ)が宣伝活動してますらね。私有財産制度を定めた日本国憲法と、それを否定する共産主義思想は、流石に両立しませんよね。きっと共産主義者の皆様におかれては、「護憲=左翼、左翼=共産主義」みたいな公式があるから、毎年毎年、本心では日本国憲法なんて支持してなくても、護憲集会にきているんでしょうけど。

 だいぶ脱線しました。話を元に戻します。

 8時30分にもなると、だいぶ人が増えてきます。とはいっても、今日は日曜日。日曜日にしては人数の伸びが少ない気もしなくもないが、日曜の朝は総じて遅いもの。まあそんなもんかな。年齢構成は、遺族会のバスが到着した関係もあって、70歳以上と見える方々も増えてきました。

 ふと街宣系ウヨさんを注視してみる。胸に日の丸がついているのは基本として、なぜか腕にハーケンクロイツをつけているウヨさんグループ(団体名までは見えなかった、、、)や、ドイツ軍の将校帽をかぶる中年男性が。やめろ、なんか色々と勘違いされるだろ。「英霊にこたえる会」が「良識ある日本国民は署名にご協力を」みたいなことを言っているけど、腕にハーケンクロイツをつけているようなウヨグループを叩き出すほうが先だぞ、「良識ある日本国民」よ。

 9時ごろになると、九段下方面から上がってくる参拝者が、願望的便乗の宣伝ビラを手にしていたりもする。目視確認しなかったけど、この時間帯から活動始めたのかな? 街宣車の音楽も聞こえてくる。

 10時前後。40歳以下と見える人たちも増えてくる。観光バスも増えてくる。変なのもパフォーマンスの準備を始める。「またおまえか」という面々に再会する。ある種の同窓会だな、これ。もっちろん、栗林白岳翁のグループや、71飛行ナントカ(正式自称はどうでも良くて忘れた)も着々と準備をすすめるが、あれ、、、翁がいなくない???

 経験則として、栗林翁のグループや71飛行ナントカといったコスプレグループの取り巻きから、その年の参拝者がどういう類の人たちなのかというのが、ある程度ではありますが、見えてきます。というのも、ああいう客寄せパンダは、最初のうちは物珍しくて写真にとりたくなるのですが、連中、毎年同じことしかしていないので、何年か足を運んでいるうちに、飽きてくるのです。「ああ、また今年もやってんのね」ってな感じで。つまり、コスプレグループへの取り巻きの数から、その年の新参者はどのくらいいるのかが、厳密さは欠いているのは百も承知(こんなもんテキトウでいいんだよ!)ですが、なんとなくわかってきます。

 昨年の雑感記事で、私は、この経験則から、靖国参拝者の質的変化の可能性を表明しました。今年はどうだったか。黒山の人だかりができるほど取り巻きに囲まれたかと思えば、まるで相手にされなかったり、かと思えば、また群集に囲まれたりと、取り巻きの人数に顕著な「波」がありました。まだ、結論を出せる段階にはありませんが、まるで相手にされないときは本当にまったくといってよいほど相手にされていなかった(2005年にはありえないこと!)ので、参拝者はリピーター中心にシフトしつつあるとはいえるのかな?

 11時です。暑いです。参拝者の年齢構成は、「神社ってこんなもんかな(初詣は除く)」。つまり、現代の若者は余り神社に参拝するという習慣がない(初詣は除く)ので、その人数も限られているが、それでもまあまあ、「こんなもんかな」と言えるくらいの人数は来ている、といったところです。やっぱり中高年が多いのは仕方ないよね。ただ、2005年にはそこそこ見られた、元兵士っぽいご老人たちの姿は、やっぱり明らかに減っているよね。。。人数は、ようやく「あっ、日曜日」って感じがしてくる。

 11時40分。栗林翁グループが行進を始めるが、いつも先頭に立っていた翁がいない。。。取り巻きは、2005年には遠く及ばず、例年より心なしか少ないかな。。。そして、行進中の取り巻きの数にも「波」が見られる。翁グループの行進なんて客寄せの最たるものなのに(少なくとも、2005年はそうだった)。

 12時。参拝者の行列は神門付近を最後尾とすることで安定。「安定」とは言っても、その混雑は、首都圏の朝の乗換駅並だけど。参拝者人数は、目視と私の感覚基準で、「2005年程度」かな。まあその辺は、靖国神社側が参拝者数をカウントしており、毎年、公表していたと思うから、もっと正確な統計をお待ちください。私は完全に経験則に基づくフィーリングでモノを言っているテキトウさんです。参拝者年齢構成は、特にどの年齢層が多いとは言えない気がします。朝の遅い若者も、ようやくやってくるようになって来ました。

 おなか空いたし、ちょっと飽きたので、買出しに、靖国を離れる。靖国通りだったか内堀通りだっか忘れたけど、平成同志会とかいう右翼団体の街宣車の車体に「世の不条理に天誅」と書いてあるのを目撃。「世の不条理」ねえ。

 「世の不条理」に「天誅」というと、まあもちろん「天誅」なんて言葉は使わないものの、なんとなく左翼っぽさを感じてしまいます。むしろ右翼は、そりゃ常軌を逸した「世の不条理」には立ち上がるだろうけど、どちらかというと現行システムの保守、それこそ保守を旨としている限りは、ある程度の「不条理」は止むを得ないという立場であるような。天誅ウヨさんも、サヨさんも、掲げる理想社会の青写真が違うだけで、心根はそう変わらないのかも。

 千鳥ヶ淵に行ってみる。あいわからず、靖国との参拝者数には雲泥の開きがあるが、珍しいことに街宣さんたちの小グループが千鳥ヶ淵参拝している! 実は毎年やっていたのかな? 私が確認しただけでも、10人程度のグループと、3人程度のグループが、千鳥ヶ淵に吸い込まれていきました。

 長い昼休みを終えて、14時ごろに靖国に戻る。もう結構、飽きてきたぞー

 あちこちで聞こえる軍歌の合唱、しかしそこには、2005年にはいた元兵士(と思われる)ご老人の姿はなく、戦中・戦後生まれ(と思われる)人たちが、「自分たちの歌」では無いのにもかかわらず、得意になって歌っているという、なんとも言えない光景が広がる。かくして、勇ましい軍歌が、その裏側に潜む苦労を置き去りにされて、「受け継がれてゆく」のであります。元兵士が軍歌を歌うのって、私は元兵士じゃないから知らないけど、つらい訓練やらなにやらも全て含めて歌っている、思った以上に「深い」行動と思うんだけど、戦中・戦後生まれの合唱からは、どうも、そういう「深み」を感じず、「ただ格好良いから」くらいの動機しか感じないんだよねえ。まあ、私の勝手な感覚ですけどね。

 参拝の行列は短くなり始めました。参拝者年齢構成は、11時の段階では「神社ってこんなもんかな(初詣は除く)」でしたが、14時の段階では、やっぱり初詣には及ばないけど、若い層もだいぶ増えてきて、髪の毛を金色に染めた人たちも見られました。金髪を目の敵にする爺さん婆さん! 金髪はその人を判断する基準にはならないこともあるってことを分かってね!

 ここで再び「英霊にこたえる会」のアジが聞こえる範囲に移動する。会曰く、「新しい国立追悼施設建設は中国政府のいいなりであり、精神的に中国共産党の支配下に入ること」(要旨)だそうです。確かに、新しい国立追悼施設建設は中国もよしとするところであり、結論だけを見れば、中国政府の意向どおりということになると思います。しかし、その結論に至るプロセスは、必ずしも中国政府の意図するプロセスどおりとは限らず、「精神的に中国共産党の支配下に入ること」とは限りません。また、たとえ中国政府の意図するプロセスどおりであったとしても、そのプロセスを主体的に選択したのであれば、やはり「精神的に中国共産党の支配下に入ること」とは限りません。

 彼らに限らず、どうも日本人(まあ日本人に限らないと思いますが)の言動・行動を見ていると、対立相手が主張していることと同じ結論に至ることは屈服であり、主体性の放棄であり、どうしても受け入れられないという頑なな態度が見られるように思います。しかし、今書いたように、対立相手が主張していることと同じ結論に至ったからといって、そのプロセスまでもが同一とは限らないし、同一だとしても、その選択が主体的になされたのであれば、「屈服」ではなく、「主体性の放棄」でもありません。「良いものは良い」として柔軟に受け入れる、それが日本人の良いところだと以前、耳にしたことがあるのですが、そういう「良識ある日本国民」はどこに行ってしまったのでしょうか。

 あ、ちなみに、それ以外の靖国の歴史的・宗教的性格を根拠にした「新国立追悼施設建設反対」は、それは良いと思いますよ。私が言いたいのは、「新しい国立追悼施設建設は中国政府のいいなりであり、精神的に中国共産党の支配下に入ること」は、必ずしもそうではない、ということであり、「新国立追悼施設建設」そのものについては、ここでは何も言っていませんし、何も言う気はありません。言えるほど色々調べているわけじゃないから。勉強します。

 15時です。参拝者行列は中門鳥居付近まで短くなりました。もうこれ以上、参拝者が増えるとは思えないし、飽きてきたので靖国を離れることにしました。九段下駅方面に歩くと、あいかわらず、願望的便乗の宣伝活動が展開されています。法輪功、この際、関係あるのかな。。。九段下交差点には大量の日の丸隊と機動隊がいる。あー、そういえば、在特会が反天連のデモを粉砕するとかしないとか言っていたなあと思い出すも、そういえば去年もやってたじゃん、と思い出したので、一通り情勢を確認して、帰路につきました。

 以上が今年の靖国取材でした。昨年の雑感記事で私は、「「8月15日の靖国神社」ってどうなっちゃうんだろう」と書きましたが、以上に書いたように、リピーターも定着し、頭数的には安定化の傾向が見えつつあるのではないでしょうか。昨年、表明した懸念は、少なくとも今年は深刻化しなかったようです。しかし、栗林翁に結局会えなかったのをはじめとして、その年代の人たちにお会いすることは、ほとんどできませんでした。にもかかわらず、「似たようなこと」(軍歌合唱とか)はカタチの上では続いている。まさにカタチだけの「8月15日の靖国神社」になりつつあるのかも知れません。まあ、その辺は、今後も継続して観察し続ける必要があると思います。

追記
※ あ、気がついたら写真とってなかったわw いまさら遅いw
※ ビラコレクションは、取り込むのが面倒なので、気が向いたらそのうち。
posted by s19171107 at 00:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 突撃取材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月14日

「準備不足」

 気がついたら8月になっていました。。。
http://mainichi.jp/select/biz/news/20100731ddm008020019000c.html
>>> ゆうパック遅配:経営陣、見通し甘く 日本郵便、総務省に原因報告
 <分析>

 ◇社長ら報酬10%返納
 宅配便「ゆうパック」の大量遅配問題で、日本郵政グループの郵便事業会社(日本郵便)は30日、遅配の原因や対策をまとめた報告書を総務省に提出した。日本通運の「ペリカン便」との統合で荷物が倍増する一方で、経営陣の見通しの甘さから、従業員の訓練など統合準備が不十分だったと認めた。これを受け鍋倉真一社長ら日本郵便の役員6人と、斎藤次郎・日本郵政社長が報酬10%を3〜1カ月返納する。総務省は報告を精査して、業務改善命令などの行政処分を検討し、8月にも決定する方針だ。【望月麻紀】

 報告書によると、統合当日の7月1日夜、一部の集配拠点であて先別に荷物を仕分ける区分機の使用方法の誤りなどで機械が停止、荷物の処理に遅れが発生した。荷物が作業場をふさぎ手作業に切り替えるスペースも確保できず、さらに処理が停滞した。輸送トラックの遅延を招き、影響が全国に拡大したため業務がほぼ正常化した7日までに34万個を超える遅配が起きた。

 最初に混乱が起きた集配拠点は、ペリカン便を運営していた日本通運の拠点が多く、いずれも6月30日までペリカン便の業務に使用しており、従業員が区分機の訓練をする機会が不足していた。ペリカン便とゆうパックでは、集配拠点で使う区分機や作業手順が異なることは日本郵便も認識していたが、「(ペリカン便の)人や施設も合わせて引き継ぐため、特に大きな問題は発生しない」と判断したという。

 今回の統合は、通常期に比べ冷凍・冷蔵の荷物が1・5倍に増える中元期だった。増える荷物に対応するため、東京都内の集配拠点の近くに冷凍保管庫を借りたものの、狭くて荷物があふれるというミスもあった。

 報告書は経営陣の統合計画の見通しの甘さを浮き彫りにすると同時に、「区分機の使用方法や手順の確認などが現場任せで、要員確保などは外見的な確認にとどまり、集配拠点が現実に機能するかといった実態的なチェックは行えていなかった」とも認めた。

 さらに、顧客への公表遅れなど経営姿勢を問われる問題も発生。「本社・支社に認識の甘さがあった」と経営責任を認めた。旧郵政省出身の鍋倉社長ら官僚OBが名を連ねる経営陣に改めて批判の目が向けられそうだ。

 中元期の7月1日に統合したことについては、ゆうパックとペリカン便事業は、収益計画が不十分などとして統合が1年延期され、赤字が50億〜60億円発生しており、これを食い止めるため、最も早く統合準備が整う時期だったことを説明。さらに、荷物の取り扱い個数は、昨年末の歳暮期のゆうパックだけの実績よりも、統合後の中元期の総数の方が少ないことから、統合は「差し支えないと判断した」としたが、結果的にその判断が甘く、大量遅配につながった。

(中略)
 ◇ゆうパック遅配に関する日本郵便の報告書骨子
 ◆遅配の主な原因

・ペリカン便との統合で従業員と施設も継承するため「特に大きな問題は発生しない」と考えた本社などの認識が甘かった

・日本通運から引き継いだ、あて先別に仕分ける機器の使用の訓練が不足していた

・トラブル時の手作業を想定した人やスペースが足りなかった

・中元期に増える冷凍荷物のために借りた保管庫が狭かった

・混乱の中で各支店の状況が正確に本社に伝わらず、対応に遅れが生じた

 ◆主な対策

・要員配置の見直し

・集配拠点の管理者育成

・繁忙期の期間雇用社員を対象に区分機の訓練を実施

・集配拠点を模様替えして作業スペースを確保

・業務運行把握のための支店機能強化

毎日新聞 2010年7月31日 東京朝刊
<<<
 現場の準備不足と、それに対する本社などの認識の甘さが、今回の大遅配に繋がったとのことで、対策として、現場スタッフの訓練の強化と業務運行把握のための支店機能強化を掲げています。はあ。

 「準備不足」と言ってしまえば、あらゆる不都合は、見た目上は解決します。なぜならば、「準備不足」というのは、「現在の情勢は、何らかの問題のせいで悪いだけで、我々の『路線』は間違っておらず、『未来』は間違っていないはずである」ということ、つまり、「現在、発生している何らかのノイズのせい」ということで片付けられるからです。

 しかし、そもそも、かかる統合そのものが無茶だったのではないか。今更こんなこと言っても仕方ないですが、ゆうパックを統合するとかしないとか揉めていたとき、だいぶ無理矢理に結論が出たような記憶があります。つまり、そもそも「路線」に誤りがある(あった)のではないか、「現在、発生している何らかのノイズのせい」ではないのではないか、という根本的な疑念が生じます。しかし、そこに対する言及は見られません。「路線」は正しく、「未来」は間違っていないはずだというのが、変わらぬ見解であるようです。

 この辺の、ある種「かたくなさ」は、本当に「『路線』は正しく、『未来』は間違っていないはず」である証拠なのかもしれませんが、あるいは、今更、「路線」の誤りを認められない証拠であるとも考えられます。であるとすれば、「準備不足」にこだわるのも、分からなくもありません。決して完了することのない「準備」ですけど。

 「準備不足」は、総路線に対する批判を、今の自分の至らなさに転嫁する、ある種の責任転嫁にも使える便利な単語ですよ、ということで。特に日本人は、ある問題を「他人のせい」にすると、それが本当に「他人のせい」であると言わざるを得ない事柄でも、当人に激しい批判が来る一方で、「自分のせい」にしておけば、それが本当に「自分のせい」か否かにかかわらず、なんだか話が済んでしまいますからね。
posted by s19171107 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

機械的単純勧善懲悪と宗教的発想

http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010071701000437.html
>>> 解雇の副操縦士を3カ月で再雇用 スカイマーク、地上職で

 巡航中の操縦室内で記念撮影をしていたとして、今年3月にスカイマークを諭旨解雇された30代の元副操縦士が、約3カ月後に同社に地上職員として再雇用されていたことが17日、分かった。

 同社は「本人から希望があり、採用試験をした上で雇った。今のところ操縦士にする予定はない」と説明。企業倫理に詳しい高巌麗沢大教授は「最初の処分が厳しかったかもしれないが、厳重に処分をしたとの姿勢を社会に示す意図があったなら、処分は演出で、社会をあざむいたと受け止められても仕方がない」と指摘している。

 元副操縦士は、昨年4月から今年2月にかけて、副操縦士として搭乗していた便の操縦室内で、機長や客室乗務員をデジタルカメラで撮影。同社は「航空法が定める操縦者の周囲の空域の見張り義務違反に当たる」として、3月9日に諭旨解雇処分とした。
<<<
 この記事は何がご不満なんでしょうかね? 「約3カ月後」というところ? それなら、何ヶ月くらい緩衝期間があれば良いのでしょうか? 別に時間を置けば良いってもんでもありませんしねえ。それとも、「再雇用」の部分? でも、「副操縦士」として再雇用したならまだしも、「地上職員」として再雇用したのだから、それほど目くじらを立てるもんでもない気がしますし、再発さえしなければ、「副操縦士」として再雇用するもの良いと私は思いますよ。

 本件について意見を綴っている各方面をフラフラしていると、どうも、この元副操縦士氏が「見張り義務違反で論旨解雇」という「前科」を持っている人物であるという部分がご不満なようです。「前科者」云々というのは、この手の話題でよく俎上に載せられます。その点において、本件(に対する反応)は、「典型的」な事例であると言えるでしょう。

 私としましては、「前科者」問題については、以前から刑事事件関係の記事において繰り返し書いてきていますが、誰しも最初は「初犯者」なのだから、「前科者」への対策、特に「前科者排除」ばかりに心血注ぐのではなく、「初犯者」を含めた全ての「犯罪」の予防をしたほうが良いと思います。「前科者の口だけの反省は信用ならない」というのならば、「潜在的犯罪者かもしれない無犯歴者の口だけの順法誓約は信用ならない」とも言い得ます。最終的な目的は、「実際に問題が起きない」、逆に言えば、「問題が起きなければ何でも良い」という根本に立ち返らなければなりません。

 このように「初犯者」を含めた全ての「犯罪」の予防に重点を置くことは、より幅広い「予防」に資するし、また、ことさらに「前科者排除」をせずとも目標は達成されるし、更に、本当に改悛した「前科者」にもう一度機会を与えることにも繋がると思うのであります。

 私なんかは、こうやって、問題行動起こした人物をとりあえず解雇し、その後、別部門で試用的に再雇用し、そこでの働きぶりから改悛の有無を判断し、最終的には再チャンスを与えるか否かを判断するというのは、これはこれで一つの「けじめ」のつけ方だと思います。もちろん、現実には「身内の甘さ」とかそういうのもノイズとしてあり得る話ですが、あくまでそれはノイズであり、基本的な枠組みとしては正しいものと考えます。

 まあ、機械的単純勧善懲悪が趣味の方々には受け入れられないとは思いますがね。しかし、ここは異端者が思いをつらつらと綴る日記ですので、余り気にしない。

 ところで、機械的単純勧善懲悪が趣味の方々って、どうしてここまで機械的で単純なんでしょうか? 勧善懲悪にしたって、もう少し深みというか、熟慮があってもいいと思うんですけどね。

 最近、この手の方々の思考回路には「改悛」という概念がスッポリと抜け落ちている(まあ、これだけ再犯が騒がれているご時勢、分からないでもないけど)のと共に、「悪いやつは生まれつき悪いやつで、良いやつは生まれつき良いやつ」といった(いよいよ根拠のない)前提があるように感じます(無犯歴者だからって潜在的犯罪者じゃないとは限らないのに、こうやって「世論」を見ていると、なんか心配になるくらい無防備ですよね)。でもそれってなんか宗教的ですよね。「穢れた魂」とか「前世からの因縁」とか、そういうのの成れの果てみたいな感じがしないでもありません。一つの可能性として、今後の研究方針としてメモしときます。
posted by s19171107 at 18:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

「国民が主人公」

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-07-19/2010071901_02_1.html
>>> 公共サービス 民間まかせ拡大
政府が基本方針


 菅内閣はこのほど、「市場化テスト」の名で行政サービスの競争入札・民間委託を大幅に拡大する公共サービス改革基本方針を閣議決定しました(6日)。対象を当初の6分野11事業から14分野90事業へと拡大。事業費ベースで自民党政権時代に比べて約3倍の1000億円台にのぼることになります。

 「市場化テスト」は、安倍政権下の2007年度に開始。社会保険庁による年金保険料の徴収や法務局の証明書発行業務などで民間参入が始まりました。「官から民へ」といって国の責任を投げ捨て、公共サービスを民間まかせにするものでした。

 今回の基本方針は、これまでの市場化テストの実績について「従来の質と同水準を概(おおむ)ね達成している」と評価。市場化テストに限らず、「より包括的な広義の公共サービス改革にも広げる」としているのが大きな特徴です。

 地方自治体での委託拡大、行政刷新会議との連携もすすめることを打ち出しています。

サービス低下
 しかし、市場化テストの3年間を見れば、拡大どころか中止こそ求められていることは明りょうです。

 とりわけ民間委託で浮き彫りになったのは公共サービスの水準や質の低下です。

 法務局の証明書発行業務では、参入業者による不適正な事務処理が発生。短期間で委託業者が入れ替わり、経験ある職員がいなくなって待ち時間が長くなるなどサービス低下が指摘されています。

 一方、行政と民間企業を競争させる「市場化テスト」として行われたハローワークの求人開拓事業では、圧倒的に行政の優位性が明らかとなっています。

 北海道と青森で行われた求人開拓(2008年度)では、開拓求人数でも充足数でも、1人あたり経費でも、すべてで行政が民間を大きく引き離し、すでに委託の対象業務から除外されています。

低価格競争
 基本方針は、これまで入札を実施した事業では年間347億円かけていたのが157億円と半額以下ですませることができたと自慢しています。しかし、それは低価格競争によって不安定雇用に置き換えられ、賃金低下など労働条件が低下したからにすぎません。

 法務局の証明書発行業務を担ってきた民事法務協会は、低価格競争で落札できなかったため全国的に職員の大量解雇や賃金切り下げが行われました。落札した派遣会社に雇用されても、不安定な有期雇用となるなど大幅な労働条件の低下が起きています。国土交通省の車両管理業務でも同様の事態が起きています。国が「官製ワーキングプア」をつくりだしているのです。

 「官から民へ」の名で小泉政権下からすすめられた「構造改革」路線に対し、国民はノーを突きつけ、政権交代につながりました。しかし、基本方針は、政権交代があっても公共サービス切り捨ての自民党政治を民主党が引き継いでいることを示しており、この点でも国民の期待にそむく姿を示しています。(深山直人)
<<<
 「市場化テスト⇒サービス低下、低価格競争による官製ワーキングプア製造⇒中止こそ求められていることは明瞭」というのが、この記事の伝えるところということになるんでしょうかね。

 市場化テストって、本来は、要するところ「官・民の垣根なく、一番うまくできる人にやってもらう」「民でできるものは民へ」であります。確かに「民でできるものは民へ」が、いつの間にか、単なる「官から民へ」の原理主義に摩り替わっていたりすることは否定できないわけですが、抽象的な理念としては、別に間違っちゃいないでしょう。公務員に限らず、全ての人に国家建設に参加する機会を保障する。国民が主人公。共産党の口癖ですね。

 そういうわけで私なんかは、むしろ、「拡大か中止か」ではなく「原点回帰」こそ求められていることは明瞭だといいたいところですが、共産党は、「国家回帰」を主張しています。

 かかる「国家回帰」に対する批判・反論は色々な立場から多様な内容でなされていますが、私としては、「『国民が主人公』と言っている『共産党』として如何なのか」という角度から検討したいと思います。

 先にも書いたとおり、市場化テストは、使いようにもよりますが、「国民が主人公」を実現する条件を整備します。であるならば、今現在、市場化テストによって公共サービスを委託されている民間企業が、思うように職務を遂行できていないのだとすれば、それを理由に安易に「国家回帰」するのではなく、「志ある人全てに対してスキルアップする機会を与える」という方策もあり得ます。むしろ私はそっちのほうが筋が通っているし、筋云々は別にしても、現実的であり効果的であると思います。もちろん、その結果として、「官」が一番優れたていることが実証されたとするのならば、「官」に引き続きやってもらうということは、結構なことだと思います。「官・民の垣根なく、一番うまくできる人にやってもらう」ですから。しかし、「結果としての『国家回帰』」と、「スキルアップの機会」も与えないことによる「原理主義的な『国家回帰』」とは根本的に異なります。

 このように考えると、前掲記事のような反応は、本当に「国民が主人公」と思っているのか、懸念を表明せざるを得ない反応であります。
posted by s19171107 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 共産党とかそっちの方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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