i2i無料WEBパーツ

2009年07月08日

7・8

金日成同志逝去15年に際し、改めて追悼します。
もう15年も経つんですね。
posted by s19171107 at 05:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記じゃない雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

児童ポルノ規制反対の言説についても検討してみる

ちょっと古くなり始めた話題ですが、、、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090629-00000005-jct-soci
>>> 宮沢りえのヘアヌード写真集 17歳で撮影なら児童ポルノ?
6月29日21時15分配信 J-CASTニュース

 児童ポルノの単純所持が禁止されたら、17歳で撮影ともされる宮沢りえさんのヘアヌード写真集も廃棄すべきなのか。こんな話が議論され、話題になっている。子どもの被害をなくそうと法案の審議は進んでいるものの、基準が分かりにくいとの不満があるようだ。

■与党側「分からないなら、やはり廃棄すべき」

 ヘアヌードが社会現象にもなった女優、宮沢りえさん(36)の「Santa Fe」。1991年に発売され、芸能人の写真集としては、最も多い150万部の大ベストセラーになった。

 それが20年近くたって、再び話題になっている。衆議院法務委員会で2009年6月26日に行われた児童ポルノ禁止法改正案の審議。民主党の枝野幸男議員が、この写真集を児童ポルノとして扱うことになるのか、と取り上げたからだ。

 「10年前、20年前、30年前とかに製造・販売されて手元にあるものを、そんなものをみんな調べるんですか?」と問いただした枝野議員に、法案提出者である自民党の葉梨康弘議員は、こう答弁した。

  「児童ポルノかも分からないなという意識のあるものについては、やはり廃棄をしていただくのが当たり前だと思います」

 ただ、葉梨議員は、廃棄までに1年の猶予があり、有名なものなら政府が調べるとも述べた。

 児童ポルノ禁止法の改正を巡っては、与党側が個人の趣味で児童ポルノを持つ単純所持を禁じる案を提示。これに対し、民主党が、購入したり何度も入手したりする行為を禁じる取得罪の対案を出して、平行線の議論が続いている。

 ともに、子どもの被害をなくそうという目的は変わらない。しかし、民主党は、過去に合法だったものまで問うのはどうか、その基準が分かりにくく、えん罪を生みかねない、などと与党案に反対している。

 可決の可能性がある与党案について、りえさん側はどう考えるのか。

 所属事務所のエムツー企画では、担当マネージャーが外出中としながらも、「うちの方では答えようがありません」とだけ話した。ただ、内容が内容だけに、戸惑っている様子だった。

■「児童ポルノに当たるのか、疑問」と朝日出版社

 宮沢りえさんの写真集「Santa Fe」を出版したのが朝日出版社。その制作部では、法案の動向を注視するとしながらも、「児童ポルノに当たるのか、疑問がある」と話す。

 そして、今後の扱いについては、こう説明する。

  「写真集は、もう絶版になっています。写真やネガは、所有物ではないので、こちらには一切残っていません。ただ、記録用に社内で何冊か保存してあります。もし法案が通ったら、対応を考えないといけないとは思っています」

 本や雑誌では、過去に載った写真に18歳未満の裸などがある可能性がある。「週刊プレイボーイ」など若者向け雑誌も出している集英社では、「法案ですので当然、対応しないといけないですが、今のところお答えできることはありません」(広報室)としている。

 与党案については、賛否両論に分かれている。

 日本ユニセフ協会大使のアグネス・チャンさんは、2009年6月26日の衆議院法務委員会に参考人として出席し、支持する立場から意見を述べた。児童ポルノは、ネット上でコピーされて長く残ってしまうとして、「犯罪や虐待の現場を永遠に残し、被害者の心をずたずたにする凶器」と訴えた。

 一方、日本雑誌協会は、J-CASTニュースの取材に対し、与党案については反対する考えを示した。事務局では、「単純所持を罰すれば、いくらでも拡大解釈して取り締まりが行われてしまいます」として、国会審議をみながら協会の見解を出すことを明らかにした。
<<<
 久々に児童ポルノ規制問題。かつて私は、本問題について、「17歳と364日に撮られたモノと18歳と0日に撮られたモノでは肉体的な差異は全くない一方で、法的には大きな違いがあるわけだが、果たして画像や映像の被写体が、17歳と364日か18歳と0日であることをどうやって識別するのか」と書き、この辺があいまいであるからこそ、本規制には賛同できないとしました。が、これを見る限り、どうやら「疑わしきは廃棄、廃棄しなければ処罰」ということになるらしいです。まさに逆転の発想ですわ。

 結局、推進派は「ロリコン共の性的搾取から子供たちを守らなきゃ!!!!救わなきゃ!!!!」という正義感が行き過ぎて、どこかとんでもない方向に暴走しだしたということですかね。なんか「資本家共の搾取から労働者たちを守らなきゃ!!!!救わなきゃ!!!!」という正義感が暴走して、実に残念な結果をもたらした何処かの誰かさんたちの思考回路と類似するものを感じます。

 当然ながら、この狂信的なまでの規制推進派の言説には批判が集中しており、私見では規制反対派の言説のほうが理にかなっているものが少なくないと思います。しかしながら、その中にもやはり、ちょっと違うかなあという言説が一部あるので、今回は以前とは趣を変えて、規制反対派の言説について検討してみようと思います。

 まず、一番目立つのが、アグネス・チャン氏に対する個人攻撃や、日本ユニセフ(ユ偽フ)に対する攻撃です。結論から言うと、特にアグネス・チャン氏に対する個人攻撃は、実に無意味な行動です。なぜならば、アグネス・チャン氏は規制推進派陣営に属する人間の一人にすぎません。ただちょっと有名であるがために、ほかの、無数の陣営所属者たちから担ぎ上げられているだけです。つまり、アグネス・チャン氏への個人攻撃は、「本当に対決すべき相手」と対決せず、手っ取り早い相手を叩いているだけにすぎません。その辺をウロウロしている雑魚モンスターなんて、いくら倒してもゲームはクリアできません。

 同様に、ユ偽フに対する攻撃、特に「日本ユニセフはUNICEFではない」というような攻撃も、ユ偽フが規制推進派の首脳部であるならぱ話は別ですが、どうやらそうではない以上、「どうでもいい雑魚モンスターを倒しているだけ」に過ぎません。

 次に、これは本記事に特殊なのものかもしれませんが、宮沢りえさんが17歳であった当時に撮影されたとされるヌード写真を掲載している冊子の所持を禁ずることに対する「あの冊子は宮沢さんの同意の下で作られたのだから問題ない」という言説について。以前にも書きましたが、たとえそうだとしても、「子どもの判断能力」という視点から考えると、「本人が同意しているからおk」とは、必ずしも言い切れないのではないでしょうか。

 さらに、18歳未満を「児童」と定義していることについて「児童は小学生までだろう」とかそういう言説について。法的定義云々以前に、そんなのどうでも良すぎます。あちらさんはその気になれば「18歳未満ポルノ単純所持禁止法」に書き換えますって。
 ちなみに、「児童」の定義が「18歳未満」となっているのは、子どもの権利条約とかそのあたりからの影響なんじゃないですかね。知らんけど。


 あと、これは「検討」ではなく「皆様にお聞きしたいこと」なんですが、本規制に反対する方々の主張として、「本規制は遡及処罰であり、遡及処罰の禁止に反する」というものがあります。それについて。

 まあなんとなくそれっぽい感じはするのですが、「遡及処罰の禁止」あるいは「法の不遡及」の定義、すなわち、Wikiによると「実行時に適法であった行為を事後に定めた罰則により遡って処罰すること」を本問題にあてはめ、その上で、実際の規制推進派の言説とすり合わせると、私としましては、推進派ってそんなこと言っているのだろうかと思うのであります。

 前掲「法の遡及」の定義を本問題に当てはめるならば、以下のようになると思われます。すなわち、「(ポルノ入手)当時、適法であったポルノの入手という行為を、事後に定めた規正法によって、遡って処罰すること」です。

 確かに規制推進派の狂信さを鑑みれば、このようなことを口にしていても何の不思議もありません。十分にありえる話です。しかしながら、私の知っている範囲では、規制推進派陣営内部の、実際に立法権力を持っている人がそこまで主張していたか記憶が定かではないのです。少なくともこの記事だけを読む限りでは、「規正法発効の暁には、発効前の所有事実をも処罰してくれよう」という意図は読み取れず、むしろ、「規正法発効までに廃棄処分してくれればそれで良い」としているように読めるんですよねえ。

 ゆえに皆様には、規制推進派陣営内部の、実際に立法権力を持っている人は、正確な定義における「遡及処罰」を考えているのかについてご教授いただきたく存じます。

 なお、たとえ規制推進派でも、一般人(アグネス・チャンandユ偽フ含む)は、日本国における立法権力を持っていないので、この際無視すべきです。外野がいくら吼えても国会で成立しない限りは日本国の法律にはなりえません。

 つかれたから今日はもうやめます。
posted by s19171107 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

「経済分野における感情屋」説

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090702-00000073-jij-int
>>> 高額報酬が復活=平均6800万円の社も−米金融大手
7月2日13時17分配信 時事通信

 【ニューヨーク2日時事】米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は2日、金融危機の落ち着きで業績が改善した米金融大手が、従業員の報酬を大幅に引き上げる方針だと伝えた。ゴールドマン・サックスの従業員の年間報酬は、平均70万ドル(約6800万円)と昨年から倍増する見通しという。
 4〜6月期は、ストレステスト(特別検査)で指摘された資本不足を補うために金融機関が相次いで大型増資を行ったほか、一般企業も社債発行による資金調達を拡大。証券会社は、株式や社債発行を引き受けることで、多額の手数料を手にしたもようだ。 
<<<
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090703-00000001-jct-soci
>>> GS社員の平均年収約6700万円! 米金融機関の「強欲」はやまず
7月3日19時5分配信 J-CASTニュース

 いわゆる「リーマン・ショック」で経営陣や従業員の報酬の大幅カットに踏み切った米大手金融機関が、相次いで報酬の引き上げを計画しているという。競合他社への人材流出を恐れての措置だが、多くの企業が政府から公的資金の注入を受けているだけに、世論からその「強欲」ぶりに反発は必至だ。

■米シティグループ従業員の基本給50%値上げ

 2008年後半はサブプライムローンの破綻が相次ぎ、いわゆる「リーマン・ショック」が全世界を襲った。リーマン・ブラザーズのように破綻した大手金融機関もあれば、公的資金の注入で延命にこぎ着けた金融機関も少なくなかった。金融機関の支援を議会で検討する際、公聴会などで、従業員や幹部の高給ぶりが激しく非難されたのは記憶に新しいところだ。

 ところが、この1か月ほどで、これらの従業員の報酬引き上げをめぐる動きが活発化している。

 例えば英オブザーバー紙は09年6月21日、

 「ゴールドマン・サックス(GS)のスタッフは、創業からの140年で最も多いボーナスを期待できそうだ」

と報じている。GS側は、直後にこの報道を否定したのだが、およそ10日後の7月3日には、米ウォール・ストリート・ジャーナルが具体的な引き上げ額を報じている。09年の従業員1人当たりの報酬は70万ドル(約6700万円)に達する見通しで、リーマン・ショックの影響を受けた08年(36万3000ドル、約3500万円)の約2倍の水準。リーマン・ショック前の07年(65万1000ドル、約6240万円)の水準を上回るのだという。

 報酬引き上げはGSだけではない。ニューヨーク・タイムズ紙が6月24日に報じたところによると、米シティグループは従業員の基本給を50%引き上げる方向で検討しているという。ボーナスが値下がりした分を、基本給の引き上げで「穴埋め」するのが狙い。ストックオプション(自社購入権)の新たな付与も検討されているという。

■行政が報酬引き上げをやめさせる権限は無いに等しい

 記事によると、モルガン・スタンレー、UBS、バンク・オブ・アメリカなどの大手金融機関でも、同様に基本給の引き上げが検討されているという。

 この背景には、同社の従業員が、公的支援を受けていない投資銀行など、競合他社に流出することを経営陣が恐れており、「引き留め工作」の面が強いとみられている。

 シティグループをめぐっては、米政府が2度にわたって公的資金を注入しており、現在は米政府が同社株式34%を保有する筆頭株主でもある。報酬の引き上げが世論の反発を招くことは確実だ。

 もっとも、行政もまったく手をこまぬいている訳ではなく、ロイター通信が7月1日に報じたところによると、米証券取引委員会(SEC)では、企業が経営陣に対してストックオプションを付与する際の情報公開基準を厳しくする方向で検討が進んでいる。

 だが、前出のニューヨーク・タイムズの記事によると、行政が一般従業員の報酬引き上げをやめさせる権限は無いに等しいというのが現状だという。
<<<
 例によってコメント欄。
>>> 咽元過ぎればってやつだな。

民間企業だから、やたらと報酬額を法律でしばるのもどうか
と思うけれど、これだけの混乱を世界中にばらまいた米金融関連
の企業がこういった判断をしていることを知り、そんな企業を
信じない文化を作らないといけない。
<<<
>>> 小泉改革の果てに日本もいずれはこんな厚顔無恥な連中が幅を利かす国になるのかもしれない。
グローバル、グローバルと騒いでアメリカ経済を追随するのはもうやめて、
日本人が豊かになるための経済のあり方を模索していかなければならない。
<<<
 また、現在はもう消えてしまっている記事のコメント欄においては、「連帯責任という感覚はないのか」みたいな書き込みがあったと記憶しています。


 GS社員が再び高給をとり始めたことがご不満なご様子です。

 しかしながら、第一に、ほかの金融会社はさておき、とりあえずGS社に限って言えば、今回の金融危機に際してアメリカ政府から下された「処分」、すなわち公的資金の注入による経営再建「命令」と、経営再建の暁にはその公的資金を返済せよという「命令」に対して同社は、去る6月18日の公的資金完済を以って責任を果たしました。これ、すなわち、同社が今回の問題に対して社会的に科された処分を果たしたことはすなわち、同社が本件に対する社会的責任を果たしたことにあたると思われますので、同社の従業員報酬が再び高額になることは特に問題があるとは考えられません。なお、今更「処分が甘いからまだ責任をとったとは言えない」というのは無しで。1つの問題に対する処分は1回で済ませましょう。

 刑期を満了して出所した元受刑者のように、社会的制裁を受けその制裁の内容を果たした人物に対して、日本人がなおも色々と理由をつけてはケチをつけるする光景は、刑事事件関係の話題を見ていると、特に「感情屋」の皆様の行動・言動としてよく見かけますが、こんなところで類似の言動を見るとは。。。かつて、感情屋と「自己責任」論者の類似性を指摘し、「あるいは「感情屋」は刑事事件のみに出現するものではないのか、従来の「感情屋」は、「刑事事件における感情屋」であって、そのほかにも「経済分野における感情屋」も存在するのではないか」という趣旨の記事を書いたような記憶がある(曖昧)のですが、今回の一件を通して、その感は強くなったように思います。

 そして第二に、J-CASTニュースだからしょうがねえといえばしょうがねえのですが、「GS社員の平均年収約6700万円! 米金融機関の「強欲」はやまず」というタイトルについて。なにか思いっきり勘違いしているようですが、昨今話題の「強欲さ」の問題点は、自己の利益のためには経済システムを破壊することをも厭わないような「強欲さ」であって、単に高給をとることではありません。その点、今回は「報酬があがるらしい」すなわち、まだ起きていない事柄に関する報道です。自己の利益のためには経済システムを破壊することをも厭わないような「強欲さ」か、それとも妥当な経済活動の結果得られた妥当な高給なのかの判断はつけられません。

 さて私は、国際金融資本をはじめとする国際営利企業が特別嫌いなわけではありません(産業を興す余力もないほど疲弊した地域には、彼らの力が必要ですしね)が、昨今の国際営利企業の振る舞いには、反感を感じることは少なくありません。社会集団の一員としての自覚に欠けているというかね。ですから、あまり国際営利企業の側に立ったり、あるいはその行動に理解を示す言動を口にすることはなかったと思いますが、しかしながら、今回ばかりは心から同情しますw しばしば彼らは、自分の気に入らない地域から逃げるときの捨て台詞として「ここの連中は頭が固くて閉鎖的だ」と言いますが、今回ばかりはそう言いたくなる気持ちも分からないでもありませんw
posted by s19171107 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

何も変わってないなあ(2)

 28日づけ『何も変わってないなあ』において、あれほど社会的に問題になった雇用問題について、失職労働者に対する言説――「自己責任」論や「アリとキリギリス」主義――が、既にその言説の問題点についてはかなり批判されているにもかかわらず、全く変わらず出てきていることを取り上げました。明日は自分の番かもしれない世の中であるにもかかわらず、この危機感のなさは御自分のためにならないと思うんですがねえ。

 その一方で、もう一極、すなわち、雇用・貧困問題を社会構造として捉える人(自称含む)においても、同様に出てきているように思います。たとえば、以下。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090622-00000084-mai-pol
>>> <労働者派遣法>野党3党、改正案を提出へ
6月22日20時32分配信 毎日新聞

 民主党の菅直人代表代行と社民党の福島瑞穂党首は22日、国会内で会談し、労働者派遣法改正案の要綱を共同でまとめた。製造業への派遣を3年以内に原則禁止とし、専門的な業務だけを認める内容。国民新党を含めた野党3党で週内にも国会に提出する。政府案よりも派遣規制を強める改正案を提出し、衆院選での争点にする狙いだ。

 要綱によると、3年以内に、専門的な知識、技術を必要とする業務を政令で定め、これらへの派遣は認める一方で製造業への派遣を禁止する。このほか▽派遣元企業に対するマージン率公開の義務付け▽派遣の期間制限に違反した派遣先企業に対し、労働者が「直接雇用」を通告できる−−なども盛り込んだ。

 民主党は当初「2カ月以下の派遣禁止」を掲げていたが、「派遣切り」の社会問題化を踏まえ、今年1月から社民党と製造業への規制を巡る調整を始めた。社民党は製造業派遣の全面禁止を求めたが、民主党は「雇用の流動性が損なわれる」などとして協議は難航していた。

 この日も派遣を認める専門的な業務を巡って社民党が厳格化を求めたが、結局は「野党がまとまらないと与党に審議入りすらも働きかけられない」と一致、合意に至った。【小山由宇】
<<<
 報道を見ての私の第一感想としては「あーあ、もう知らない」でした。もちろん、先の年末年始、あんなものを見せ付けられれば、政治として、労働者の生活を保護するために何らかの対策を講じなければならないという問題意識を抱くのは当然です。しかしながら、「労働者の生活を保護すること」と「現在の雇用を守ること(=解雇させづらくすること)」は必ずしもイコールではありません。

 しばしば不思議に思っているのですが、日本の雇用問題について「労働者側」の人・団体、すなわち、労働者が現在就いている雇用の「イス」を保護しよう」ために活動する人・団体、具体的に言えば共産党や社民党などは、北欧の社会保障政策に対する憧れみたいなのを持っていて、ことあるごとに「スウェーデンの手当ては〜」とか「デンマークの失業保険は〜」とかいう風に話を展開したがる一方で、なぜか、北欧諸国の雇用の流動性はかなり高い、すなわち、日本に比べれば労働者は遥かに解雇されやすい状況にあることは余り言いたがりません。北欧諸国が日本に比べれば少ない人口・GDPであるにもかかわらず、日本よりも手厚い処置を保障できているのは、当地では雇用の流動性が高いがゆえに、時代の要請に対して労働力を迅速に投入できるという点も決して見逃してはならない重要なポイントであるにもかかわらずです。

 本当に「北欧に学ぶ」のならば、今回の改正案のようにではなく、派遣労働を(制限は当然必要であるにしても)労働形態としては維持しつつ、各種手当てで労働者の生活にとって不足する分を補ったり、あるいは契約更新を断られた場合などに備えて失業保険の準備を充実させるといった方策を採るように提案すべきです。というか、あちらさんはそうやって雇用の流動性と労働者の生活の保護をそれなりに両立させているわけなんですけど。

 まあ、先の年末年始の雇用をめぐる論議は、「自己責任論vs社会構造原因論」という構図が固定化してしまっていたので、社会構造原因論者は総じて自己責任論者と戦う必要があり、そのために、社会構造原因論内部における細かい意見の相違について詳しく論じる機会がなかったという、ある意味仕方ない事情がありました。しかし、自己責任論者が雇用問題に飽きてからずいぶんたっている、すなわち、敵失からずいぶんたっているにもかかわらず、陣営内部でこの意見相違についての論議が大して進んでいなかったところを見ると、先日取り上げた自己責任論者についてのみならず、社会構造原因論者についても、「何も変わってないなあ」という印象を受けざるを得ません。
posted by s19171107 at 00:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

いただいたコメントへの返信を完了しました

 一応、いままでいただいたものについては、以下にて全てお返ししたと思います。運営規約において定めたモノ以外において、いただいたコメントを無視したり隠蔽したりすることはありませんので、不足がありましたらご連絡ください。

チュチェ97年3月12日づけ『日本ユニセフの児童ポルノ規制要望書について』
http://s19171107.seesaa.net/article/89336929.html
ΙουνΥαさん

チュチェ97年3月29日づけ『綿井健陽の『逆視逆考』トーク 第1回「光市母子殺害事件〜裁判で何が争われてきたのか」参加記録(2)』
http://s19171107.seesaa.net/article/91401449.html
ん?さん

チュチェ97年4月10日づけ『綿井・河井トークショー記事に対する『無名Y』さんより戴いたコメントへの返答』
http://s19171107.seesaa.net/article/92942131.html
おいおいさん

チュチェ97年7月2日づけ『「恥の文化」?』
http://s19171107.seesaa.net/article/102020751.html
amanoiwatoさん

チュチェ97年12月23日づけ『飲酒運転死亡事故を、その「本質」と「加害者の視点」から考える』
http://s19171107.seesaa.net/article/111619139.html
hemakovichさん

2月19日づけ『判例の重要性』
http://s19171107.seesaa.net/article/114477036.html
mashさん

3月2日づけ『これはアウト』
http://s19171107.seesaa.net/article/115054610.html
放蕩息子と青瓢箪さん、けらさん

4月5日づけ『共和国が飛翔体を発射したことについて』
http://s19171107.seesaa.net/article/116920765.html
amanoiwatoさん、mashさん

4月27日づけ『日本共産党「党員代表」』
http://s19171107.seesaa.net/article/118191905.html
伊東勉さん

6月21日づけ『「死刑を求めない遺族」を取り上げすぎることの危険性』
http://s19171107.seesaa.net/article/121958220.html
mashさん




posted by s19171107 at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 運営連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

何も変わってないなあ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090628-00000062-jij-soci
>>> 派遣村が解散式=支援拡大、「役割果たした」−東京
6月28日18時55分配信 時事通信

 昨年末、仕事や住む場所を失った元派遣労働者らを支援する「年越し派遣村」を開催した派遣村実行委員会(湯浅誠村長)が解散することになり、28日、東京都内で閉村式を行った。失業者らを支援する団体のネットワークが全国に広がり、一定の役割を果たしたと判断した。
 閉村式に先立つシンポジウムでは、全国各地の支援団体や元派遣労働者が、活動内容や失業者の生活実態について報告。年越し派遣村を訪れた元派遣労働者の30代男性は「多くの人が助けてくれ、温かさを感じた。今は就職活動をしている」と支援の重要性を訴えた。
 また、両親を亡くしアルバイトも解雇されて路上生活中に、地元の団体にたどり着いた岐阜県在住の20代男性は「同じ境遇の人や、お父さん、お母さんのような年代の人から、人生のことや生活のマナーを教えてもらっている。この出会いを転機にし、1日も早く自立したい」と話した。
<<<
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090624-00000129-jij-soci
>>>派遣村実行委、6月末に解散=28日に検証のシンポと閉村式
6月24日18時45分配信 時事通信

 年末年始に東京・日比谷公園で失業者を支援する「年越し派遣村」を運営した派遣村実行委員会は24日、6月末で解散すると発表した。28日に一連の活動を検証、報告するシンポジウムを都内で開いた後、閉村式を行う。
 当初は年始に解散する予定だったが、再就職や入居先確保で支援を求める声が多く、活動を続けていた。解散後も窓口を設け、個別の相談に応じるという。
<<<
 昨秋以来の雇用情勢の象徴であった「派遣村」については、社会構造的な問題として取り上げる人がいる一方で、個人の問題として取り上げる人もおり、大きな議論となりました。当ブログにおいては、チュチェ思想にヒントを得た世界観・人間観に基づき、「自己責任」として片付けようとする言説に対しては、批判・反論を加えてまいりました。
 その後、問題は全く解決に向かってはいないものの、報道量が減り始め、それに比例して社会的関心も低下しました。当ブログにおいても、管理者である当方の諸般の事情で、そもそもブログ更新自体が相当停滞する時期があり、1月下旬以降、すっかりこの問題について取り上げなくなってしまいました。
 そんななかでの久々の「派遣村」に関する報道。例によって「世論」を見ましたが、新しい批判的言説における”角度”を期待し、再批判・反論をしなければならないだろうと予測していた私でしたが、予想に反して、以前にみられた言説となんら変わりないものばかりでした。以下。
>>> 景気が良いときにコツコツ貯金をしていたアリは
不景気になったときその貯金で何の問題も無く過ごせました。
景気が良いときに無駄遣いをし貯金をしていなかった
キリギリスは不景気になったとき貯金が無いので困り
集団で公園に集まり「金を寄こせ!」と叫びましたが
誰も助けてくれませんでした。おしまい。
<<<
>>> 派遣切りっていうけど、
実力があれば切られないし、会社がなくなっても這い上がれる。
死に物狂いでバイトでも探せばいくらでも仕事はある。
選んでいる場合じゃない。

正社員には正社員になれた理由がある。そして、企業は全てを守って倒れるわけには行かない。
世の中弱者救済は分かるが、本当に弱者なのかって言いたくなるときがある。
ただの努力不足じゃないのかって?
<<<
>>> 本当に働く意思のある人は自衛隊でもどうですか?
国費で衣食住+小遣いも出るよ?
<<<
>>> 派遣切りから閉村までの間に
何も自己の能力開発していなければ
ホームレスになっても自業自得。年齢は関係ない。

切られた時点で自己責任なんだから並以上の苦労は必定。
<<<
 いやはや。。。
posted by s19171107 at 23:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

こういうののをいうんだよ

 足利事件受刑男性釈放について。本件については、報道各社が過去の自身の報道内容を再検証し、自己批判をしています。それ自体は結構なこと、というかやって当然のことなのですが、一部新聞社においては、全くこの教訓が生かされていないといわざるを得ないところが見られます。たとえば、産経新聞社。同社は以下のような記事を掲載しました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090623/trl0906232308021-n1.htm
>>> 【足利事件】一部先走った報道 本紙新ガイドラインで検証
2009.6.23 23:06

 高裁が23日、再審開始決定を出した足利事件。菅家(すがや)利和さん(62)は逮捕から17年半余りを経て、無罪となる公算が大きい。捜査機関だけでなく、当時の産経新聞にも菅家さんを犯人視する報道はなかったか−。裁判員制度開始を前にした今年2月に、産経新聞が策定した事件・裁判報道ガイドラインに照らして検証した。


捜査情報

 ガイドラインでは、捜査情報について「犯人視しない報道」の徹底を掲げる。容疑者の供述、証拠などの捜査情報は、できるだけ出所を明らかにし、情報が絶対的ではないということが読者に伝わるよう、書き方の工夫を求めている

 菅家さん逮捕を報じた平成3年12月2日の朝刊は、捜査本部への取材に基づき「首を絞めて殺した」と自白していると報道。それ以降も、捜査本部の会見での発言をもとに「(女児が)かわいかったので、自転車に乗るかいと声をかけた」などの供述を掲載した。

 家宅捜索で自宅に「幼女趣味のビデオテープや写真集が散乱」しているのが見つかったと報道した翌日、捜査本部が押収したビデオが「幼女を扱ったビデオではなかった」と修正するなど、女児との関係性を求めるあまり、先走ったとみられる報道もあった。


プロフィル報道

 ガイドラインは、事件背景を理解するために容疑者のプロフィルを報道する場合、情報の出所を明示し、犯人であるとの印象を植え付けないよう書き方を工夫するよう定めている

 3日付朝刊では、菅家さんが働いていた保育園の園長の「勤務態度はまじめで1年間無遅刻無欠勤だった」という話を掲載。一方、「園児らに接する態度が時折不自然だった」(3日付朝刊)「今思うと背筋が寒くなる」(2日付朝刊)など、菅家さんが犯人であるとしたような意見も紹介していた。

 逮捕前年に複数の女性に求婚し断られていたことなど、事件と直接関係ない恋愛歴も取り上げていた。
 

識者コメント

 3日付朝刊では犯罪社会学などのコメントを掲載。菅家さんの生い立ちや性格を、小児への関心の高さに結びつけて分析していた。これは、菅家さんが「『いたずらをしようとした』と供述した」という捜査本部の発表に基づき、背景を探ろうとしたものだった。

 だが「保育園送迎バスの運転手」という職業について、「小児性の表れ」と評したものもあった。

 ガイドラインでは、識者コメントに関しても、「逮捕容疑が事実とすれば」といった断りを入れるよう求めている。
 

DNA鑑定の信用性

 今回、再審決定の決め手となったDNA鑑定については2日付朝刊で「指紋制度導入以来の『捜査革命』」と紹介。一方、翌3日付朝刊の「主張」欄では、指紋鑑定とは違い、100%の確度は得られないことから「いまの技術では絶対的なキメ手にはならず、補充証拠として使われるのが妥当」とした上で、「地道な捜査による証拠の積み重ねを忘れないように願いたい」と締めくくっていた。

 今後は、こうした鑑定、分析手法を報道する際も、より慎重さが求められることになるだろう。


 産経新聞の事件・裁判報道ガイドライン 裁判員制度開始を前にした今年2月に策定。事件報道について、国民の知る権利に応える一方で、読者に過度の予断を与えないような報道を基本にするとしている。その上で「捜査情報」「プロフィル報道」「識者コメント」などの留意点を挙げている。
<<<
 産経に「ガイドライン」があるってこと自体に少々驚いているしだいですが、それはさておき、足利事件においては「先走ったとみられる報道もあ」り、現在のガイドラインでは「事件背景を理解するために容疑者のプロフィルを報道する場合、情報の出所を明示し、犯人であるとの印象を植え付けないよう書き方を工夫するよう定めている」そうです。

 ほんじゃまあ、ちょっと見てみましょうか。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090619/kor0906190802001-n1.htm
>>> ミサイル積載か 米軍、北朝鮮船舶「カンナム」を追跡 過去に兵器拡散活動
2009.6.19 09:30

 【ワシントン=有元隆志】米海がミサイルや核関連物資を搭載した疑いのある北朝鮮船舶を追跡していることが18日、明らかになった。米軍制服組トップのマレン統合参謀本部議長は18日の記者会見で、「(北朝鮮への追加制裁を決めた)国連安全保障理事会決議を積極的に実行するつもりだ」と述べ、具体的言及は避けたが、追跡していることを事実上認めた。

 北朝鮮による武器輸出の全面禁止や貨物検査などを盛り込んだ12日の制裁決議採択後、大量破壊兵器を積んだ疑いがある北朝鮮船舶の初めての動きだけに、寄港先となる国の対応が注目される。

 FOXテレビなどによると、船の名称は「カンナム」。行き先は明らかになっていないが、17日に北朝鮮の港を出航し、シンガポール方向に向けて航行中。過去にも北朝鮮の大量破壊兵器の拡散活動に使われてきた船舶だという

 2006年10月、香港海事局は北朝鮮の貨物船「カンナム1号」と姉妹船である「カンナム5号」を安全設備に不備が見つかったとして、出港を認めない強制措置を取った。「カンナム1号」は07年5月にミャンマーに入港したことが確認されている。北朝鮮とミャンマーは同年4月、国交を回復しており、北朝鮮からの武器輸出の可能性が指摘されていた。

 米軍が今回追跡している船舶が「カンナム1号」かどうかは不明だ。

 マレン議長は北朝鮮の船舶が米軍による検査を拒否した場合の対応について、安保理決議で強制的な乗船は認められていないため、最寄りの港に向かうよう指示し、寄港地の国が船舶検査を実施することになると説明した。
<<<
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090619/chn0906192150003-n1.htm
>>> 中国パソコン規制 7月実施控え業界が困惑
2009.6.19 21:50

 【上海=河崎真澄】中国で販売するパソコンに当局指定の“検閲ソフト”搭載が7月1日から義務づけられる問題で、国内外のパソコンメーカーや販売店、ネットユーザーに混乱が広がっている。ポルノなど有害サイトへの接続を遮断するとされるソフトだが、「搭載後のパソコン全体の品質を保証できない」と日系メーカーは困惑している。ユーザーが組み立てるキット型パソコンの場合は搭載を免れるなど、問題も数多く残された中での“見切り発車”に、国内のネット上では批判が渦巻いている。

 検閲ソフト搭載の義務化は、工業・情報化省が5月19日付で関係部門に通達した。「グリーン・ダム・ユース・エスコート」と名付け、青少年保護をうたってはいるが、有害サイトの定義はあいまいで、“フィルター”には政府や共産党を批判するサイトや発言も引っかかる可能性が高い

 同省が4170万元(約5億9200万円)で国内企業に発注したとされるソフトには、米ソフト開発会社のソリッド・オーク・ソフトウエアが13日、「ソフトの開発コードが盗用された」と主張し、差し止めを請求する考えを表明した。

 また、日系メーカーの関係者は「通達から搭載義務化までの期間が短い上、ソフトの中の“ブラックボックス”部分が解明できないと、当初から搭載して販売する商品の品質を百パーセント保証することは難しい」と頭を抱えている。販売後1年はソフトの使用料は無料だが、有料となる2年目以降の料金や課金方法も未公表だ。

 上海市内のあるパソコン販売店の場合、販売台数の約半数はメーカー製以外の安価なキット型だが、店員は「キット型への検閲ソフト搭載は何も聞いておらず、どうしたらいいか困っている」と話した。メーカー製への月内の駆け込み需要も増えているようだ。

 中国国内のネットユーザーも反発の声を上げた。大手ポータル(玄関)サイトが実施したユーザーへのアンケートで、9万3353の回答のうち85・3%の7万9627までが「検閲ソフトの導入に反対」と答えた。90%以上が開発費4170万元を「ムダ」と指摘するなど警戒感と嫌悪感が広がっているようだ。

 一方、共産党宣伝部が中国メディアに検閲ソフトの批判禁止と、青少年保護の観点から世論の支持を誘導するよう通達したとの情報もあり、当局は批判に敏感になっているもようだ。
<<<
 「事件・裁判報道ではないので『事件・裁判報道ガイドライン』には該当しません」といわれてしまえば、それはそれまでなんですが、それにしてもまるで教訓が生かされていませんねえ。事件・裁判報道に限らず、あらゆる報道は決め付けてやってはならんと思うんですがねえ。

 しかしながら、ここであえて報道する側の視点からこの問題を見直すと、私たちが「決め付けるな!」と報道機関に対して言う労力と、記者たちが「決め付けない記事」を書くために費やす労力は、比較にならないほど後者のほうが骨の折れる仕事であるということが見えてきます。だって結局、読み手がどう感じるか次第なんですから、読み手がどういう思考回路をしているのか知る由もない記事執筆者としては、いったいどう書いたら「決め付けない報道」になるのかを正確に推測することは困難ですからね。私もこうやってブログをやっていますが、時折、「さすがかにここまで書かなくても良いかなあ」と思っていた内容について、予想外の解釈をしてくださる方がいらっしゃいます(「改憲派論理研究」シリーズは特にその連続でした)。

 報道する側、つまり書き手のほうも文章の書き方に細心の注意を払わなくてはなりませんが、その一方で、文章の読み手の方にしても、最低限の読解力と「報道はすべてではない」という冷静な視点をもたなくてはなりません。

 まあでも産経はそれにしてもアレだけどな。
posted by s19171107 at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

「利権」脳

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00000085-jij-bus_all
>>> リニア建設費1兆円増=迂回ルートなら−JR東海
6月16日13時1分配信 時事通信

 JR東海が、2025年の東京−名古屋開業を目指す「リニア中央新幹線」の建設関係コストについて、南アルプスを北に迂回(うかい)する場合、直線ルートに比べて約1兆円膨らむとの試算をまとめたことが16日、明らかになった。18日にも自民党や沿線各県への説明を開始し、直線ルートに理解を得たい考えだ。
 南アルプスをトンネルで貫通する直線ルートの建設関係コストは5兆1000億円を見込む。一方、迂回ルートは距離が約60キロ延びることから、建設費だけで数千億円増、施設関係の初期費用を加えると約1兆円のコスト増となる。さらに所要時間も10分前後増える見通しだ。
<<<
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090618-00000182-scn-bus_all
>>> リニア中央新幹線で東京―名古屋間が40分に
6月18日20時2分配信 サーチナ

 JR東海は18日、リニア中央新幹線計画の今後のスケジュールや工事費用などについて発表し、東京ー名古屋間が40分になり、東海道新幹線よりも30分から40分短縮されることがわかった。

 同社は甲府市から、それぞれ木曽谷、伊那谷、南アルプスを経由して、名古屋市付近にいたる3ルートを設定。

 木曽谷ルート(334キロ)は所要時間が46分、工事費が5兆6300億円。これまでは所要時間87分。

 伊那谷ルート(346キロ)は所要時間が47分、工事費5兆7400億円。これまでは所要時間90分。

 南アルプスルート(286キロ)は所要時間が40分、工事費5兆1000億円。これまでは所要時間79分。(情報提供:YUCASEE MEDIA(ゆかしメディア))

<<<
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090618-00000072-jij-bus_all
>>> 建設費6400億円増=リニア迂回ルート−JR東海試算
6月18日13時1分配信 時事通信

 JR東海は18日、2025年の東京−名古屋開業を目指す「中央リニア新幹線」の建設費について、長野県が求めている南アルプスを迂回(うかい)するルートが、同社の想定する直線ルートに比べて最大6400億円膨らむとの試算を発表した。同日午前に自民党の「リニア特命委員会」(会長・堀内光雄元総務会長)に提示。また、将来延伸を見込む大阪までの沿線9都府県に説明し、直線ルートに理解を得たい考えだ。
 試算によると、南アルプスをトンネルで貫通する直線ルートの建設費は5兆1000億円(距離286キロ、所要時間40分)。一方、北側の諏訪地方に迂回し伊那谷を通るルートが5兆7400億円(346キロ、47分)、木曽谷を通るルートが5兆6300億円(334キロ、46分)としている。
<<<
 リニア中央新幹線については、どこをどう走らせるかについて、さまざまな要望が寄せられているようです。せっかくのリニアモーターカーなのですから、その「スピード」性を失っては本末転倒ですが、だからといって、公共交通機関である以上は、「スピード」だけを追求するわけにもいかず、なかなか難しい問題であります。

 しかしながら、本件に関するコメント欄の書き込みを見ていると、例によって、ご自分の利便性を第一に、というか唯一の尺度として見ている書き込みが少なくありません。もちろん、昨今の情勢から考えれば、「オレ第一主義」的思考が広く見られるのは当然といえば当然の帰結ですが、彼らの、反対者にたいする批判言説を見ていると、「利権」という言葉をはじめとした昨今流行のバッシング用ワードを好んで使っている姿が目に付くように思います。たとえば、以下など。
>>> 2009年6月16日 13時7分 sho*****さん

私もそう思う8,216点 私はそう思わない80点

利権が絡んで迂回コースですか。
いい加減にしましょうよ。
<<<
>>> 2009年6月18日 20時49分 has*****さん

私もそう思う181点 私はそう思わない5点

長野県いい加減にしろ!
わがままにも限度があるぞ!
<<<
>>> 2009年6月18日 13時9分 fis*****さん

私もそう思う348点 私はそう思わない5点

地域のエゴには辟易です。
駅を一つ作ると言ってるんだから、それをどう使うかを長野の人は考えればいいのに。
<<<
 さて、たしかに一面、すなわち、たとえば都市住民の視点においては、本件に対する「地方」の要望は「利権」「わがまま」「エゴ」であるといえるかもしれません。地元住民以外たいした需要の見込めないところに線路を引くんですからね。しかしながら、別の角度から見ると、かくいう彼らの要望もまた、たかだか6・7分程度の速達性のために地方を切り捨てることを是としているものであり、利便性という名の「利権」であり、「わがまま」であり、「エゴ」であるといえなくもないでしょう。

 「利権」「わがまま」「エゴ」という言葉は、昨今の「既得権者」との「たたかい」において、本当に飽きるほど見てきた典型的なバッシングワードです。これらのワードを好んで使う方々の共通の特徴としては、「自分は"既得権者"と戦う正義の味方」といったような、問題を過度に単純化し、無理矢理に関係者をシロとクロの対立にこじつけ、自分自身が常にシロの側に属するように小細工を仕掛ける点、そして、物事を単純化しすぎるがゆえに、自身が定義した「糾弾すべき敵」に、しばしば自身も引っかかるという点があげられると思いますが、本件もその典型的な様相を呈しています。

 もっとも彼らの今回の語彙選択は、あるいは、自身が物事を過度に単純化する傾向を持つことを正しく認識しているがゆえに、あえて自戒を意味を込めて厳しいものにしているとも考えられないこともありません。しかしながら、経験則から言って、Yahooニュースのコメント欄に、それほどまでに深く考え抜かれたコメントが書き込まれたことは、いまだかつてないといっても過言ではない、少なくとも私は見たことないし、まして「私もそう思う」をクリックした人全員が全員、そんな風に考えてクリックしたとは到底考えられないので、やはり、「"既得権者"と戦う正義の味方」として書き込んだり、賛同クリックしているものではないだろうかと考えます。すばらしいかな「利権」脳。

※ もちろん上記の推測は、全くの偏見であるといわれても文句の言えないシロモノであることは十分に自認しており、私としましては、「そうである」と断定したつもりは全くありません ←足利事件の事実上無罪とかの影響で推理・推定・推測に慎重になっているワタクシでございます
posted by s19171107 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

「死刑を求めない遺族」を取り上げすぎることの危険性

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090620-OYT1T00711.htm
>>> 被害者遺族らが死刑「冷静判断」訴え…都内でシンポ

 犯罪被害者遺族の立場から死刑制度を考えるシンポジウム「被害者は死刑を望むのか」が20日、東京都内で開かれ、約150人の参加者を前に、韓国から来日した遺族らが「死刑を求める遺族ばかりではない」などと訴えた。

 主催したのは市民団体「フォーラム90」など。韓国では死刑執行が事実上停止されており、2003年10月に起きた連続殺人事件で家族3人を失った高貞元(コジョンウォン)さん(66)は「事件直後は犯人を殺してやりたいと思ったが、家族を失ったことで命の大切さを知り、犯人を許すことができた。人の命を奪う死刑には反対」と語った。

 1983年1月に弟を殺害されたものの、死刑制度には反対している原田正治さん(62)も「犯人を許す気持ちになったことはないが、裁判員になった人には、様々な考えの遺族がいることを理解してもらって冷静に判断してほしい」と訴えた。

(2009年6月20日20時01分 読売新聞)
<<<
 死刑制度存廃問題をめぐっては、特に存置派が「遺族感情」をその主張の中心にすえるがゆえに、対する廃止派が「死刑を求める遺族ばかりではない」と応ずることがしばしばあります。このシンポジウムもまた、その論争の典型的一例であるといえます。

 確かに「死刑を求めない遺族」が居ることは確かです。もちろん、「死刑を求める遺族」だっています。これは、どちらが正しくてどちらが正しくないという問題では無いということは、以前にも書いた記憶があります。

 であるからこそ、この対立軸に深入りしすぎた場合、下手すると「じゃあ、各事件の遺族感情次第で被告人を死刑にするかどうかを決めよう」という流れにだってなりえることを意味しています。裁判がまさに「被害者感情」に支配される。最も恐れるべき事態です。

 このような視点で考えると、「死刑を求めない遺族」がいることは事実である以上、その存在を世間に知らせること自体は何ら悪いことではありませんが、だからといって、この対立軸に余りに深入りしすぎることは、近代司法制度そのものまでもを「処刑台」に送ることになりかねないのではないかと考える次第です。

関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 21:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

当事者感情への「配慮」を名目とする「自粛」のもたらすもの

http://nishinippon.co.jp/nnp/world/reporterseye/paris/20090612/20090612_0001.shtml
>>> ふに落ちぬ悲劇の「早さ」
2009年06月12日 10:54

 大西洋で1日墜落したエールフランス機の乗客とみられる遺体が相次いで収容されているが、今回の惨事に対するフランス社会の反応に、ふに落ちないことがある。

 同機の燃料残量や一切の通信が途絶えたことから考えれば、フランス時間の1日午後に絶望的状況を迎えたことは客観的に推定された。だが、機体の残骸(ざんがい)も何も見つからない同日夕、サルコジ大統領が「生存者救出の可能性はほぼない」と言い切ったのにまず驚いた。近親者の感情への配慮を欠いた失言とさえ思ったが、そんな反発は一切出なかった。

 翌日にはエールフランスが合同追悼ミサの予定を発表。国民議会(下院)や開催中だった全仏オープンテニスなどでは黙とうがささげられた。本格的捜索が始まったばかりの段階で、不明の228人は既に「犠牲者」として扱われていた。

 事態の流れについて行けず、こちらの知人に「死生観や社会習慣の違いか」と質問を繰り返したが、「早くないよ」「いつまで(死亡確認を)待つの?」と言われ、納得いく説明は聞かれなかった。フランスの社会から遅れること1週間超。今、ようやく亡くなった方々の冥福を祈っている。


=2009/06/12付 西日本新聞朝刊=
<<<
 この記事で取り上げられている「ふにおちな」さは、今回の一件を通して私も強く感じました。もっとも、私の場合は、フランスの対応に違和感を感じている西日本新聞記者とは真逆ですけど。

 まあ、いくら客観的に分かっていることといえど、あまり声を大にして言わないほうが良いという感覚は分からないでもありません。しかし日本人の場合、「いくらなんでもそろそろ認めろよ」というような段階にいたってもなお、限りなくゼロに近い「可能性」にすがり、いつまでも「自粛」をしている姿が目立つように思います。

 そして、何よりも不気味で恐ろしいのが、もはや誰の目にも結果は明らかであっても、「自粛」の空気ゆえに、誰もそのことについて切り出すことができないことにあると思います。また、「いいかげんに認めろよ」と敢えて切り出した人物に対する、異常なまでのバッシングについても指摘しなくてはなりません。誰もが分かっているのに、みんなそろってその人を(徹底的に無視するのなら理解できますが)積極的にボッコボコに袋叩きにしている様は、はっきりいって異常であると言わざるを得ません。そして、この異常なまでのバッシングは、真っ当な言説を口にすることをはばからせるには十分すぎるほどの力を持っています。

 ちなみに、記事中において、エールフランス機墜落事故に対するサルコジ仏大統領の、早期からの墜落断定発言について、西日本新聞記者が「近親者の感情への配慮を欠いた失言」ではないかと書いているのをはじめとして、「自粛」の空気を破る人物に対する異常なバッシングは、多くの場合、「近親者の感情」をダシにして発言者をボコボコにします。しかしながら、「近親者の感情への配慮」というのならば、むしろいつまでも、限りなくゼロに近い「可能性」にすがって、妙な「自粛」の空気を漂わせていることは果たして「近親者の感情への配慮」にあたるのだろうかと疑問に思わざるを得ません。すなわち、人間というのは、都合の良い情報を聞きたがり、都合の悪い情報は聞きたがらない生き物です。この特徴は、精神的に追い詰められれば追い詰められるほど顕著に現れます。つまり、近親者が搭乗していた飛行機が消息を絶つというような、極度に精神を追い詰めるような情勢においては、こういう「自粛」の空気、すなわち、「可能性」を残す空気がいつまでも漂っていると、場合によっては「もしかしたら大丈夫なんじゃないか」というような大いなる思い違いをもたらしめることになりかねません。しかし、もちろん現実はそう都合よくできているわけではなく、いつかかならず現実を受けられなければならない日がやってくる。つまり、こういう妙な「自粛」の空気は、近親者の精神的ダメージを軽減させたりするものなどでは決してなく、単に時間的に先延ばしにし、不安な日々を無意味に長引かせ、近親者に無用な心的負担を強いているに過ぎないのではないでしょうか。

 もちろん、だからといって面と向かって「もうあきらめろ」という必要はありませんし、それはそれで問題です。私としましては、単なる時間的先延ばしに終始するのではなく、人間心理の専門家の指導の下、遺族となった近親者の精神的ダメージを軽減させるケア活動に、もっと力を入れるべきではないかと考える次第です。

 妙な「自粛」の空気は、「当事者感情」を「守る」ことにはなんら寄与しない一方で、共同体内部に異常な空気をはびこらせ、人々に「自粛」の空気の支配に対する「恐れ」を抱かせるだけです。そして、こういう「自粛」の空気に対する「恐れ」が真っ当な言説を口にすることをはばからせることになるのではないでしょうか。
posted by s19171107 at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする