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2006年09月29日

何を偉そうにw糸山英太郎

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060928-00000112-mai-soci
 テレビ東京の菅谷定彦社長は28日の定例会見で、大株主の元衆院議員、糸山英太郎氏が会長兼社長を務めるゴルフ場運営会社がスポンサーとなった番組を巡り、担当の幹部社員が糸山氏にあいさつに出向かず「礼節を欠いた」などとして処分したことを明らかにした。
 番組は昨年4月〜今年3月に放送された「ゴルフスーパーバトル」。当時の営業局担当部長を戒告、担当専務と営業局長を厳重注意処分にした(19日付)。
 テレ東によると、糸山氏と会長兼社長を務める「新日本観光」は、テレ東の発行済み株式約5%(20日現在)を所有。日本経済新聞社に次ぐ、第2位の株主となっている。
 菅谷社長によると、先月30日に面会した際、糸山氏は「スポンサーなのに、部長以上が会いに来ないのはおかしい」と、番組内容に関する説明が不十分なことなどを指摘。さらに糸山氏は、契約のあり方にも不備があるなどとして、改善を求めたという。菅谷社長は会見で「糸山氏の問題提起には丁寧に答えていくが、他のことは是々非々で対応していきたい」と述べた。
 糸山氏は自身のホームページで「菅谷社長の迅速かつ誠実な対応に感謝したい」としながら、「これは番組スポンサー新日本観光とテレビ東京との問題解決であって、テレビ東京株主、糸山英太郎を十分満足させるものではない」としている。【広瀬登】
 ▽立教大社会学部(メディア法)の服部孝章教授の話 「礼節を欠く」という理由だけなら、大株主で広告主でもある糸山氏に対し、体裁を取った処分としか思えない。こんなことがまかり通れば、大株主を社内処分に介入させることにつながる。
本人のサイトの日記みたいなのから引用
http://www.itoyama.org/contents/jp/days/2006/0928.html
日頃、正義を振りかざしているテレビ局とは何と卑しい存在なのか。

テレビ朝日は、東京国税局から2005年3月期までの3年間に番組制作費の架空支払いが1億3750万円あったと指摘された。
その他の指摘事項と合わせテレビ朝日の更正対象額は約1億5500万円。
重加算税を含め約5900万円の追徴を課せられる。
当事者のプロデューサーは懲戒解雇で会長と社長、専務の給与を3カ月間20%減俸する処分も発表しているが、税金から逃れようとする卑しい根性はこのトップにこそ染み付いているのだろう。

そんなスキャンダラスなニュースが流れる中、テレビ東京 森専務が糸山タワーにやって来た。

前回「番組内容や契約上の慣行についての問題」に対してテレビ東京は文書で自社の非と社内処分を表し今回は具体的な解決方法の提示の予定であった。
しかし、この期に及んで電通との責任分担などを理由に苦しい釈明を始めたのだ。
私はテレビ東京に広告を出したのであって電通に広告を出したのでは無い。
当初旧知でもあるテレビ東京 菅谷社長の迅速かつ誠実な対応に矛を納めるつもりでいたが、このようなテレビ局流のやり口で問題解決を遅らせるなら私も容赦はしない。
今後はテレビ東京の番組スポンサー、大株主という立場で率直な意見を言わせてもらう。

私はこのHPで日経新聞の新興企業関連記事について苦言を呈したが、テレビ東京の番組にも同様の問題があったので、今回の森専務の訪問にはその調査結果も求めていた。

テレビ東京は某新興企業の経営者を経済番組で取上げた。
私もよーく知っているその経営者は自社の売上目標を10兆円(現在の売上370億円)と非現実的な数字を挙げ経営戦略をとうとうと語ったのだ。
またご丁寧なことに新聞のテレビ番組欄にも「売上10兆円」の文言を載せる偏向ぶりだ。
天下のテレビ東京がこんな情報を発信するとは信じられない、ホリエモン二世が誕生してしまう。
株式市場でネガティブな評価をされているこの企業は、経営者が一流料亭Kで日経の記者を接待しチョウチン記事を書かせているとも噂されている。
このような事態をなんとするのかと問うたのだ。
すると驚くべき答えが返ってきた。
「テレビ東京としては某新興企業が東証一部上場企業なので信用して出演してもらいました。

日経の記者が一流料亭Kで経営者と一緒に食事をしたことは事実ですが、勘定は日経記者が払ったそうです、領収書もあります。」
一部上場という肩書きではなく自らの目で真実を見極めるのが報道人の仕事だろう。
また記者が取材でそんなご馳走を振る舞うなど聞いたことが無い、日経の取材費はそんなにたくさんあるのかと言いたい。
二人で10万円はするであろう食事代については日本経済新聞社 杉田社長に確認するつもりだ。

マスコミのビジネスには甘えや奢りが極めて多く存在する、私はその甘えや奢りをテレビ東京から変えていくつもりだ。

菅谷社長及び森専務は、私の話が理解できないのであれば、株主として認めるわけにはいかない。
即刻辞任してくれ。
私は発言力をさらに強めるためテレビ東京株を買ってゆくことになるだろう。
マスコミのビジネスには甘えや奢りが極めて多く存在する、私はその甘えや奢りをテレビ東京から変えていくつもりだ。
未成年買春したのに、「未成年とは知らなかった」とかいう激甘理由で立件は免れた糸山先生がいうんだから言葉の重みが違うね。

しかしまあ、株保有比率が5パーセントのくせに何を偉そうに。
それ以前に人様の生産の剰余価値でやっているくせに何を偉そうに。
天下のテレ東も買春揉み消しの糸山なんぞに負けるなよ。

安倍捏三も、こういう政治家をまず徴農ハヨラ
posted by s19171107 at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

都教委の都脅威2

23日の日記に続き、さらに資料類保管
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治安悪化説に異論(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060925/mng_____kakushin000.shtml
 少年による凶悪犯罪が増えるなど日本の治安は悪化しており、今や危機的状況にある−。そう思っている人は多いのではないだろうか。本社加盟の日本世論調査会が今月行った意識調査でも、八割の人が「治安は悪くなっている」と答えた。こうした「治安悪化説」に疑問の声が飛び出した。異論の主は、久保大・元東京都治安対策担当部長(60)。昨春まで都の緊急治安対策本部の副本部長だった治安対策のプロだ。「治安悪化説」や、それに基づく行政施策のどこに問題があるのか、久保さんに聞いた。 (社会部・加古陽治)

 ――「治安の悪化」について盛んにいわれるが、実際はどうなのか。

 「統計数値を根拠に、最近になって犯罪が増えているというのは一種の錯覚。例えば犯罪の認知件数は被害者が届けるかどうか、警察が面倒くさがらずに受け付けるかどうかで増減する」

 「犯罪件数は氷山と一緒で、全体の大きさは変わらなくても(警察や人々が)水位を上下させることで、水面に出ている部分が大きく見えたり小さく見えたりする」

 ――なのになぜ「治安の悪化」という言葉が独り歩きしたのか。

 「ベストセラーを生むためには、作者のほかにその作品を売り込む者も必要だ。あえて作者を挙げるとすれば警察。警察は財務省から予算と人員を獲得したり、存在感を高めたりするために『治安の悪化』という言葉を持ちだし、利用した。マスメディアも好んでそれを語り、支持した」

 ――必ずしも事実とはいえない言説が一般に受け入れられた背景は。

 「所得格差が拡大したり雇用に不安があったりして、人々の間に漠然とした不安感・閉塞(へいそく)感が背景にあるのだろう。実際はよく分からないのに『犯罪が増えている』と言われると納得してしまう。『川沿いをジョギングしていた女性が外国人に襲われた』というたぐいの都市伝説(デマ)と同じ構図だ。誰によって作られ、どのように広まってきたのかを説明することは難しいが、これも外国人に対する漠然とした不安感があったからこそ広まった」

 ――「治安の悪化」という言葉の広がりは、行政の施策にどのような影響を及ぼしたのか。

 「全国の自治体に広がっている施策は、ほとんどが的外れであり、時には有害でさえある」

 「政策には必ず光と影の部分がある。政策を担うものは光と同時に影の部分も自覚し、その政策の当否を判断しないといけない。そこに公的な力の自制が生まれる。しかし、こと『治安』については、そうした配慮は一顧だにされない。まるで何かの強迫観念に取りつかれているかのようだ」

 「その結果、これまで行政や法律が介入しないことを基本としていた領域、倫理・道徳の領域への規制や指導が正当化されるようになった。例えば、電車内で痴漢をするのは犯罪で、携帯電話で大声で話すのは“音の暴力”になるから指導の対象にするのは分かるが、今や女性が化粧をすることまで“善導”の対象にされようとしている。しかし、これは誰かが直接被害を受けるわけではない。不愉快な行為ではあっても、行政が介入すべきことではない」

 ――担当部長時代に、違和感を持ちながら仕事をしていたとか。

 「犯罪の抑止に関して即効的な成果を追求するのは警察の役割だ。行政施策は、背後の要因、負の要因を取り除くことにあるべきだが、私が都の治安対策担当部長になったとき、警察側によって既に施策が用意されていた。外国人とか少年、ニートなど、次々とスケープゴートにしては、人々の関心や社会の憤りを向ける施策がとられた」

 ――それで辞めてから本を書いたと。

 「都の内部でも、いつの間にか自由に異論を言える雰囲気は失われていた。ましてや警察批判につながりかねない発言となれば、語るためには辞めなければならなかった」
posted by s19171107 at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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