本件裁判における検察側に対する弁護側の主張は、主に、「検察側主張と客観的証拠の矛盾・乖離」と「被告の精神状態」の二つに分けられると思います。私もオレンジ色の表紙の『光事件弁護資料(差戻控訴審)』(以下「同資料」とする)は一応読みましたが、弁護団が本件が死刑相当ではないとしている理由の主たるものは、やはり「検察側主張と客観的証拠の矛盾・乖離」であり、そして、客観的証拠から見る限り、本件は刑法199条の殺人罪ではなく、刑法205条の傷害致死であるとしています。
とすると、本件裁判を見る上では、何よりも弁護団の主張する「客観的証拠」について知らねばなりません。そして、弁護団は、元東京都監察医務院長の上野氏の鑑定書と日本医科大の大野教授の鑑定書、同教授の再現実験報告書をその主張の根拠としている以上、この三つについて知ることが必要だと思われます。
というわけで、まあ、もうどこかで回っているとも思いますが、当ブログでも資料としてご紹介します。
まず、上野氏が2006年4月27日づけで作成した被害者女性の鑑定書。同資料p41-p43より。
鑑定事項は、検察・弁護双方の主張は、それぞれ「甲5号実況見分調書」「甲6号実況見分調書」ならびに「甲9号鑑定書」の鑑定結果、すなわち客観的証拠・検死結果と矛盾しているか、というものです。
本件に関して、検察は以下のように主張しています。
1.被告人は、被害者に馬乗りになり両手親指を喉仏付近にあて、指先が白くなるほど力一杯押さえつけた。
2.被告人は、上記行為に引き続いて、馬乗りの状態で、全体重をかけて被害者の頚部を両手(左手が下、右手が上)で締め続け、被害者を窒息死させた。
これについて上野氏は、前頚部中央上方にある舌骨と甲状軟骨(参考図)が骨折しておらず、両手親指を喉仏付近にあて、指先が白くなるほど力一杯押さえつけたという状況は否定される、と鑑定しています。
続いて、検察主張どおり、左手が下、右手が上で両手で頚部に対して全体重をかけて圧迫したのならば、下図Aが左親指で、残る左指はCにあったことになるが、そうするとBの圧痕・表皮剥脱の説明がつかないので、やはり左手は用いておらず、Bは右親指の圧痕であるとしています。

(同資料41ページの被害者女性の遺体所見より引用 クリックで拡大)
また、全体重をかけて両手で前頚部を圧迫したならば、気管の後ろにある食道は、外圧と頚椎の間に挟まれて出血を起こすのが一般的であるが、そのような所見はないので、やはり検察主張は否定されるとしています。
被告・弁護側主張の検証について。被告・弁護団は本件について以下のように主張しています。
1.被告人が、座椅子に座っている被害者に背後から抱きついたところ、被害者に騒がれ、そのまま重なった状態で一緒に仰向けに後ろに倒れた。被告人は、そのまま自分の身体の上で仰向けになっている被害者の背後から左腕を回して首にかけ、プロレスの技であるスリーパーホールドの形で締め付けたところ、被害者は気絶した。なお、その時、被告人は、長袖の作業服を着ていた。
2.被害者が気絶したため、被害者を横に動かし、被告人は上半身を起こしてしばらく呆然としていたところ、いきなり被害者からキラリと光るもので殴られた。このため、被告人は、被害者を仰向けに押し倒しその上に自分の頭が被害者の胸あたりの位置で、被害者に重なるように覆いかぶさり、左右の手で、被害者の左右の手を広げるように押さえつけた。しかし、被害者が大声を上げ続けたため、右手の逆手で相手の顎付近を押さえ付け、そのまま手がずれて首の辺りを押さえ付けたところ、被害者はぐったりして動かなくなったものであって、殺害しようとしたものではない。
これについて上野氏は、肘関節を屈曲して首を絞めれば、特に静脈の流れが止まったり、停滞し、脳の酸欠状態から意識を失うことは容易に考えられるが、前頚部での気管の圧閉は少ないので、一時的に気絶することはあっても、そのまま窒息死することは無いとしました。その上で、本件はまもなく意識を回復し反撃に出、その結果、被告が被害者に覆いかぶさるような形で床に押さえつけている。蒼白帯の形や被告と被害者の位置関係から、被告は右手順手ではなく、右手逆手で口を塞いだものと考えられるとし、その状況下で被害者が抵抗して顔を動かしたために、口を塞いでいた手がずれ、結果として被害者は頚部圧迫で窒息死した。このときの圧迫は、前掲の図におけるBとCにかけた圧力が主だったので、舌骨や甲状軟骨の骨折が生じなかったものと思われるとし、このように考察すれば状況と死体所見はほぼ一致し、ゆえに本件は殺意を持って両手で前頚部を圧迫したような定型的扼殺の所見にはなっていないとしました。
そして、結論として、加害者は被害者の上に馬乗りになり、両手親指を喉仏付近にあてたとされているが、死体にはそのような痕跡はない。更に同様の姿勢で左手が下、右手をその上にのせて全体重をかけて首を絞め続け窒息死させたというが、そのような死体所見にはなっていない。被告は右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて首を押さえる結果となって死亡させたと考えるのが、被害者の死体所見に最も合致した状況である。つまり、被告・弁護側の言う状況が真実に近いと思われる。ゆえに、殺意を持って両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の死体所見にはなっていない、としました。
上野氏による被害児の鑑定、大野氏による鑑定と再現実験については次回以降ご紹介します。
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