当ブログは移転しました。詳細はこちらに掲載してありますので、ご参照ください。

2008年07月29日

「一面的評価」の典型例

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080727-00000029-jij-int
 キューバのラウル・カストロ国家評議会議長は26日、キューバ革命の発端となったモンカダ兵営襲撃事件(1953年)の舞台となった東部サンティアゴデクーバで、第55回革命記念日の祝賀集会に出席した。演説では食料やエネルギー価格の高騰が世界中で起きていると指摘、「困難に直面し、良い知らせばかり受け取るわけではない事態に備えねばならない」と述べ、生活苦にあえぐ多くの国民に忍耐を呼び掛けた。
 例によってコメント欄。
 当ブログでは、日本人の、ある人物や集団に対する認識・評価が過度に「全体的」「一面的」であることについて度々指摘し、批判してまいりましたが、今回もまた、その典型的なやり取りがコメント欄で展開されておりましたので、投稿順にご紹介します。

 なお、文脈上、「アレ」な書き込み以外のモノも収録する必要がありました。従いまして、「アレ」な書き込みと「マトモ」な書き込みを区別するために、「アレ」な書き込みについては、太字でご紹介します。

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2008年07月27日

素直な4様

http://shinomiya-m.txt-nifty.com/diary/2008/07/post_6694.html
千駄木庵日乗七月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より。有楽町電気ピルの日本外国特派員協会にて、「EISセミナー講演会」開催。榎泰邦三井物産顧問(前駐インド大使)が講演し、「京都の祇園祭はインドの神様への奉納の祭り。九世紀に疫病退散のために牛頭天王を祀ったのがその起源。牛頭天王は南インドの山の神で祇園精舎の守護神。ジェンナーの種痘も彼がインドを訪問した時に発見した。インド更紗が京都祇園祭の南観音山の胴掛けとして用いられている。

日本語の五十音図の排列はサンスクリットの伝統的な音韻表の排列にそっくり倣って作られたものである。日本の吉祥天・帝釈天・金毘羅様も、もともとインドの神。

現代社会は大変な地殻変動が起っている。現在の日本ビジネスの国際展開の拠点は、中国・インド・ベトナム・湾岸国・ブラジル。

二十一世紀はアジア三国志の時代。あと八年で日本はGNP世界第二位ではなくなる。これからは世界第二位の経済大国ではないという前提で物事を考えるべし。今までは豊かな経済大国の時代だったが、これから貧しい経済大国が登場する。中国人一人当たりの国民所得が日本の十四分の一になった時、中国のGDPが日本を追い抜く。

これからはインド市場が大事。有望な投資先としてインドのパーセンテージが上がって来る。中国は落ちる。今のインドは日本の池田内閣の高度成長期と似ている。インドには無尽蔵なインフラ整備がある。昔は南インドは貧困の象徴だったが、今は経済成長を牽引している。

インド経済は内需主導。中国経済は輸出主導。中国の共産党一党支配が今のまま行くとは思えない。法の上に共産党がある。官僚が腐敗している。政治が安定していない。インドは法治体制が優れていて安定している。中国で経済活動をするには、まず共産党幹部と人間関係を作らねばならないが、インドでは弁護士を雇い訴訟対策をすればいい。

インドは識字率七〇%だが、一方でエリート教育を相当やっている。インドは頭と口の文化。日本は目と指の文化。インド人は抽象的思考に優れている。」と語った。

家から電話があり急遽帰宅。父の容態に変化があったので、訪問看護師の方と共に看護。何とか回復し今日は病院に行かずに済む。

その後、「政治文化情報」発送準備。
         ○
私はインドのことは支那のことほどには勉強していない。しかし、日本の信仰精神は、支那よりもインドの方に近いのではないかと思う。古代インドの自然神秘思想は、儒教の合理主義より日本に近いと思う。地理的に支那大陸の方が近いので、どうも支那のことを重視する傾向があるが、やはりインドを大切にしたいと思う。

戦前の日本はインドと反英興亜運動を共に戦ったが、支那とは敵対関係になってしまった。今日も、何かというと反日の姿勢を示す支那よりも、インドに親近感を持つのは致し方のないことである。
 日本保守派による、インド(特にインド経済)マンセーについては、反中国の文脈において「中国経済は遠からず美味しくなくなるからインドに乗換えだ」というふうに語られてきました。
 しかしながら、たとえ中国経済が「美味しくなくなった」としても、公称13億の人口がある限りは、その重要性が多少劣ることはあっても、依然として世界有数の市場であることには変わりなく、日本経済にとって重要であることには変わりはありません。
 その点、私としては、日本保守派の「中国経済は遠からず美味しくなくなるからインドに乗換えだ」という言説については、これは経済的な視点によるものではないだろうな、と思っておりましたが、今回ご紹介した4様の言説を見る限り、やはりそうであるようです。

2008年07月26日

「納得」のための権力監視

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080726k0000e040048000c.html
東国原知事:交際費から、みのもんた氏らへ花料金支出

 宮崎県の東国原英夫知事が昨年、知事交際費からタレントのラサール石井氏演出の舞台や、みのもんた氏のアナウンサー生活40周年祝賀会、建築家・故黒川紀章氏の社葬の計3件で花を贈り、料金計5万9640円を支出していた。知事は「県のPRのため」などと説明したが「際限がなくなるので、今後はやめようと思う」と話している。

 石井氏の劇は、同県日南市にあった飫肥藩が舞台のコメディー風時代劇。東京都内で昨年2月に開演。知事によると、旧知の石井氏から来場を依頼され、花(2万1630円)を贈った。上京した昨年2月11日に公務で劇場を表敬した。

 みのもんた氏への花(2万1630円)は昨年5月25日、都内のホテルの祝賀会場に贈った。知事は公務で出席できなかった。県秘書広報課によると、花代は、県がPRのために持ち込んだ県産焼酎を会場に置くことを条件に支出したという。焼酎は複数銘柄の9本(計1万8086円)を県が購入し、主催者側に無償提供した。

 昨年11月15日には、都内での黒川氏の社葬に供花(1万6380円)を贈り、県東京事務所員が知事代理で参列した。黒川氏は07年の参院選で、自身が党首の共生新党の候補者応援に来県した。知事は「(この際に)県内の観光開発に取り組む意向を話されていた」と供花の理由を説明した。

 知事は毎日新聞の取材に対し、3件の花代は「返還も考えたが、私から返すと県への寄付行為になり、公職選挙法(寄付行為の禁止)上も望ましくない。県民には(宣伝の趣旨を)理解いただいているのではないか」と述べた。今後、同様の花の贈呈は「私個人(の費用)で対応させてもらう」と話した。

 東国原知事の交際費は昨年1月の就任後、今年6月までに計151万9290円。県の基準では、相手先は「県政の円滑な推進に役立つと認められる個人・団体」などとし、香典や祝い金などを支出している。相手名や金額は県庁ホームページで公開している。

 ◇財政改革と矛盾
 ▽金丸浩成みやざき・市民オンブズマン代表 9000億円の県債残高を抱える県の財政改革を訴えながら、公費でこのような花代を出すのは矛盾している。ポケットマネーで出すのが常識だろう。

 ◇県民納得のあれば
 ▽有馬晋作宮崎公立大教授(地方自治論) メディア効果を意識して関係者との良好な付き合いを維持する目的なら、交際費からの支出もあり得る方法ではないか。県民が納得するかどうかだと思う。
 さて、善悪一概には言えず、実に難しい問題ですが、私としては、有馬晋作宮崎公立大教授の「県民が納得するかどうかだと思う」というのが、現実的な落としどころなのではないかと思います。

 となると、26日づけ「「労働に対する新たな発想」と「ガチサボリの口実」「共産貴族」の危険性は表裏一体である」において書いたように、市民による権力に対する不断の監視が絶対不可欠であります。その点、今回の毎日新聞の報道は、報道機関の本職を果たしたものであり、私としては、今後も、東国原知事が「県の宣伝」と称して支出する公費が誰の手に渡っているのかについて、監視と報道を継続していただきたいと思います。もし、それらを怠ることがあれば、前掲の当ブログ記事でも書いたように、知事の「共産貴族」的腐敗をもたらすことになります。

 なのですが、どうもこの記事に対する「世論」を例によって集めていると、何だか頭の痛くなってくるものが見られます。
なぁなぁ、マスコミさんよ。
あそこまでストーカーより悪質につけ回しておきながらそれしか出てこなかったの?
あなた方は無能なのか?

それとも相手が優秀すぎて、それしか非を見つけられなかったの?
相手を叩けないのねマスコミって。
他人の粗探しするのがマスコミの仕事か。
 いやはや。。。これもやっぱり、17日づけ「無意識によってもたらされる子供じみた擁護論」の後半の分析部分において書いたように、おこちゃま的メンタリティーのもたらす発想なんでしょうか。
 この認識の証明のために、今後も継続して資料採集に励む次第です(`・ω・´)
posted by s19171107 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「労働に対する新たな発想」と「ガチサボリの口実」「共産貴族」の危険性は表裏一体である

 17日の記事の続きです。
 本件については、「擁護論」が相変わらず多いですが、以前にご紹介したような、子供じみたのほかに、それなりに読ませる「擁護論」が出てきました。たとえば、以下。

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posted by s19171107 at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

いろいろな節目

 気がついたら7月も20日を過ぎ、8月15日まで1ヶ月を切った今日この頃、皆様いかがお過ごしですか。ここ最近、すっかり更新しておりませんでしたが、暑くて溶けておりました。いや、ホントに。なんか変だと思ったら、クーラーの電源をつけていなかっただけなんですけどね。

 さて、8月15日といえば、毎年恒例の『靖国神社へ人物ウォッチに行こう@終戦記念日』でございます。今年もやるよー

 というわけで、現在、「今年の取材テーマ」を考えています。ちなみに、昨年は「靖国と千鳥が淵の来客数の違い」でした。何か良いテーマがありましたら、コメント欄にてご提案ください。検討します。


 また、気がついたら、6月15日を以って、当サイト開設5年、現在の形式の日記の開設から3年がたっていました。ちなみにブログ形式に移行したのはチュチェ95(2006)年1月2日です。

 せっかくの節目なので、今後の編集方針について30秒ほど考えてみた結果、取り上げる話題の方向性は今後も継続させますが、今後は一層、チュチェ思想的人間観・社会観をもとにしたコメントをつけて行こうと思っております。今後とも、このカオスをどうぞ生暖かくヲチしてやってくださいwwwwwwwwww


 そして、去る3月下旬の「いろいろあった」時節からも4ヶ月ほどたちました。あの時節、励ましのメッセージを何人かの方から戴きました。ありがとうございました。今やすっかりと快復し、当時の記録や手紙、メールを読み返して爆笑したり、古い友人と「彼氏できたかーいwww」「ときめきplzwwwwww」とかバカメールしている次第ですwwwwwwwwww

 そういえば人間って、「いろんな」記憶を「上書き保存」するタイプと「名前をつけて保存」するタイプがいるそうですが、私は完全に「上書き保存」タイプなんですよねー。「昔の人」と会話するとき、確かに楽しいし懐かしいですが、だからって「そういう感情」が蘇ったことは一度もありません。それどころか殆どの場合、顔を思い出せない。。。実際に会って、やっと記憶の奥底から引っ張りだされるといった始末でございますwwww薄情ですんませんwwwwwwwwww

 ちなみに、私が「いろいろあった」時節から立ち直ったのも、またチュチェ思想的人間観のお陰です。すなわち、「自主性の追求」を人間の本質とし、その実現を幸福とみなすチュチェ思想において、「他人を愛すること」は「相手の自主性を最大限尊重すること」だからです。

 私はあの方を敬愛していました(←流石にこれくらいは覚えている)。だからこそ、いつまでも付きまとわないでスッパリと一切の連絡を断ちました。そして、そうこうしているうちに、先にも書いたとおり、記憶から殆ど消え去り、また、当時の記録を掘り起こして爆笑している次第ですw

 現実の「人間」にも顔を覗かせるチュチェ思想的人間観。日本では「体制正当化論理」くらいにしか認識されていませんし、確かにそういう面は否定できませんが、一方で大変、興味深い面もあります。今後も学習を進めたいと思います。もちろん、党幹部の特権を正当化する詭弁も結構ありますので、その辺については批判もしますけど。
posted by s19171107 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 運営連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

無意識によってもたらされる子供じみた擁護論

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080717k0000m040019000c.html
橋下知事:公用車使い昼間にジム通い 「府民に判断を」

橋下徹・大阪知事 大阪府の橋下徹知事が臨時議会開会中、公用車を使って大阪市北区のジムに行ったことが分かった。公表される知事日程でこの時間帯は「庁内執務」とされていた。橋下知事は16日、報道陣に「自分で時間を管理するのが特別職。ジムで思いを巡らすこともある」と釈明し、昼間のジム通いや公用車使用の是非について「府民のみなさんに判断してもらいたい」と話した。

 府秘書課や橋下知事によると、14日午後1時ごろ府庁を出発。市内の法律事務所に寄り、同2時ごろジムに向かった。5時前に府庁に戻る際はタクシーを使ったという。公用車の使用について橋下知事は「プライベートだが、警備上必要で問題ない」と話している。この日は臨時議会で委員会審議中だった。

 ジムは、6月中旬以降、帰宅途中などに今回も含め公用車で5回行ったが、昼間は初めてという。知事就任後、外出もままならず、不規則な生活で7キロ太ったという橋下知事は「知事職は意思決定の職業。体調管理や判断できる環境作りも必要」と語った。
 例によって「世論」を集めると、思いのほか擁護が多くて驚きました。ご紹介します。
また毒日新聞か

国会議員共が公用車を乗り回して、国民の税金で料亭の高い食事を食べ、その場で賄賂を受け取ったり悪事を相談したりするよりよっぽど健康的だと思うわけですが

殆ど休み無く働いていらっしゃるようなのでこれくらいの息抜きは良いんじゃないかな。

東京の日本を牛耳っていると勘違いしているチンパンジーみたいな顔の夏休みを取っている役立たずも身を削って頑張っている知事を少しは見習いましょう
また毒日新聞か
毎日新聞以外も報じているんですが、、、

どうせ、他の既存大阪市職員や幹部らが、居心地悪くなった腹いせに揚げ足取りしてるだけでしょ?

まともに取り合うだけ馬鹿馬鹿しい。

まだ仕事してる分、否定するしか能が無い肩書きだけの給料泥棒よりはマシじゃないですかね。

片っ端から否定するなら、代替案を出すくらいのことをしてみろっての。

否定するだけは、ガキでもできる。

結局、新たな裏金が出たことからも判る通り、自浄しようなんて気が無いとしか思えません。


公務時間中(行っていた時間は議会中だった)に公用車で、ジムに行ったことは決して誉められません。

号令を掛ける人間が襟を正すことは、どこの場においても必要なことです。

しかし、やることさえやらずに権利だけを主張するような…

例えば例の「30万(だっけ?)でどうやって生活しろと言うの」とか言った女性職員とか、明らかな医療報酬違反があってもチェックする気の無い(これは他に法外な権利主張をする輩など、諸々の理由がある場合も否定できないが)某担当職員とかに比べたら、まだ職務をこなそうとするだけ良いかと思います。
 ひとつ。「どうせ、他の既存大阪市職員や幹部らが、居心地悪くなった腹いせに揚げ足取りしてるだけ」というのはあなたの憶測に過ぎません。
 ふたつ。批判の主体が誰であろうと、職務中に抜け出して公用車でジムに行くことが悪いことには変わりありません。

健康管理をしてなにが悪いのか。
むしろ健康管理費くらいつけたほうがいいんじゃないの?
立場的に病気とかで倒られたほうがよほど迷惑がかかる。
あとプライベートといっても知事は知事だろう。
ただでさえ敵をつくることをしてるのに、無防備にあちこちいくわけにもいかない。
なんかみんな政治家を軽く見すぎじゃない?
実際殺されてる政治家も大勢いるんだから、身を守ることに金を使うのは当然でしょ。
 「帰り道に寄った」ってくらいなら私だって大目に見ますけどね、昼間の職務時間中に公用車使って抜け出したんですよ。つまり「プライベート」であるべきではない時間にプライベートタイムを満喫しやがったから問題になっているんです。
 もちろん、4月4日づけ労働に対する信仰においても書いたように、その日の仕事が全部終わって、もうやること無いから行ったというのなら、それは構いません。しかし、臨時議会で委員会審議をしている時期に、知事の仕事が13時に終わるなんてことありますか?
 このように、意図的に無視しているのか、すっとぼけているのか分かりませんが、「真昼間に抜け出した」という点について言及せずに擁護している人が思いのほか多いです。以下も同様の一例。
健康管理も知事の大切な仕事の一つ。ましてや時間のない特別職なんだから尚更のこと。公用車と警備の問題も『殺害予告』まで受けてる知事なんだからしかたない。

雇われの一般職員と同じ物差しで今回の事をごちゃごちゃ言う事自体がナンセンス。

ごちゃごちゃ言ってる連中は『経営者的視点』から物を見て発言して欲しい。
 だから、昼間に抜け出したことが(ry
 それに帰りはタクシーですよ。どうするんですか、タクシーの運転手が中○派だったら!

 そういえばこの論理、「共産貴族」正当化と大差ないように思うんですがね、、、そして、こういう論理を平気で口にするところ、かつての既存社会主義国盲信分子の苦しい擁護論と、どことなく共通性を感じます。

反論できないからか、ブチギレた方もいらっしゃいます。
問題あると思う奴等、まず、土日祝日、朝晩、365日24時間関係無しに働いてから、言え。


んっとに・・・。



ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ ウルサイなぁ。



マスコミも叩きやすい所しか、叩かなくなって・・・終わりだな。
マスコミも、関西エリアの部落問題、取り上げて見ろよ。
 で、この記事に寄せられたコメントに藁田w
ニュースからです。

本当に素晴らしい意見ですね。まったくもってその通りでしょう。
グチグチ文句言うなら自分の給料を減らして毎日朝から晩まで働いてから言えと。

失礼しましたm(__)m
 働いてねえじゃんwwwwwwwwww

 いかがだったでしょうか。私が見つけた中でも、かなり苦しい擁護論を集中的にご紹介いたしました。
 もし、今回の行為が橋下知事ではなく、たとえば福田首相、あるいは舛添厚労相、坂野社会保険庁長官だったら、果たしてこのような擁護論は見られたでしょうか。まず無いと思います。
 では、この違いは何処にあるのでしょうか。私としては、ちょっと漠然しているかもしれませんが「日本人だからこそ」だと思います。5月8日づけ政治問題における日本人の単純思考では、私は以下のように書きました。
日本人の、ある人物や集団に対する認識・評価が「全体的すぎる」という特徴についても何度か書いてきました。すなわち、ある人物の人格や集団の特徴の一面だけを取り上げて、あたかもそれが全てであるかのように喧伝し、その人格や集団の良い面や関係ない面までも否定するといったものです。

 さらにいえば、日本人はある問題について他人から批判されると、自身の行動の再点検より前に、その批判者の身辺のあら捜しを始め、「おまえに言われたくない」などという、大の大人にとっては、極めて見苦しい、小学校低学年児童レベルの「反論」を始めることも指摘しておかなければなりません。
自分が応援しているものを擁護したくなるのは、人間として自然な感情です。しかし、殊、日本人の場合、「善か悪か」といったように、ある人物に対する評価が全体的・一面的過ぎるがために、ある人物の一時の過失や誤謬を批判することが、すなわち、その人の全てを否定することに繋がるという思い違いが根底にあるがゆえに、このような子供じみた無茶な擁護論を平気で口にするのではないかと思います。
 しかし当たり前ですが、実際の人間は完全な存在ではないので、人それぞれ長所もあれば短所もあり、ある人物の一時の過失や誤謬を批判することは、その人物を否定することでは決してありません。
 もちろんこんなこと、私が言うまでも無いことであり、今回ご紹介した擁護論を展開されている方々だって「分かっている」はずです。しかし、この傾向は恐らく無意識です。無意識を意識することは難しく、それを矯正することは更に難しい。
 無意識によってもたらされる、このような子供じみた擁護論は一朝一夕には解決できないでしょうが、見ているこっちが恥ずかしくなってくるので、なんとかしたいものです。
posted by s19171107 at 22:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

こうくると思った【追記あり】

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080715-OYT1T00304.htm
4か月のチワワ「怖い」とけり殺す、44歳男を逮捕

 散歩中の他人の愛犬をけり殺したとして、愛知県警は15日、名古屋市千種区清住町、会社員田中善行容疑者(44)を器物損壊の疑いで現行犯逮捕し、名古屋地検に送検したと発表した。

 発表によると、田中容疑者は今月13日午後4時45分ごろ、同区覚王山通の歩道で、男性会社員(40)が連れていた飼い犬を右足でけり、死亡させた疑い。犬は生後4か月の雄のチワワで、動物病院に運ばれたが、内臓破裂のため間もなく死亡が確認された。

 田中容疑者は右足で思い切りけった後、歩いて立ち去ろうとしたが、目撃していた男性会社員(47)に取り押さえられた。調べに対し、「犬が怖かった」などと話しているという。
 某所より。
ニュース記事を見て、本当にこの犯人が許せないです。
この子犬の命、それは家族の命。
飼い主さんの悲しむ顔が頭に浮かんで、いたたまれない気分です。
名古屋地裁はどのような判決を下すのでしょう。
人の家族を殺した罪が軽い罪ですまされるのでしょうか。
僕と同じような意見をお持ちの方がいらっしゃると思います。
判決によっては行動を起こしたほうがいいと思います。
このわんちゃんの為にも、私たちの愛犬の為にも。
この事件は簡単に済ましていい問題ではないです。
僕たちはこれからの動向を追っていく義務があります。

動物を飼ったことのある方ならこの気持ち分かってもらえると思います。
動物を保護し、残された家族に対する法律が整ってはいません。
僕は動物なら犬でも蛇でもハムスターでも人に対する法と同じに裁いてもいいとさえ思います。

怖いと思うこと、それ自体は問題はない。
しかし、怖いから、蹴り殺す。
しかも子犬を。大型犬なら蹴れたのですかね。
弱い者虐めもいいとこです。


それこそ道徳の問題ですが、子供を殺すことと子犬を殺すことは同じに扱ってはダメですか?
 今日はちょっと体調がよろしくないので、上記一件しかを見ていないのですが、こういう感情主体の世論は、1件見つかれば100件はある(鼠より酷いw)ので、ちゃんと探せば相当数見つかると思います。

 内容自体は、まあ以前からこの手の事件がおきれば、きっとこういう「世論」が出てくるんだろうなあ、とは思ってはいましたが、いざ現実に直面すると、なんというか、、、

 ところで、「捕鯨反対派」もこういう感覚で「くじらヲ殺スノハ、カワイソウダヨ!」って言っているんでしょうなあ。最近はすっかりと静かになった捕鯨問題ですが、根底には実に根深いものがあると思います。

【追記】7月16日1時37分
余力を振り絞って、そのほか何件か巡回したところ、以下のようなものがありました。
蹴り殺されたチワワ。

自分の身体とほぼ同サイズの巨人の足で蹴り上げられ絶命。

即死とは言え、怖かったと思う。

こないだ土佐犬に飼い主が噛み殺されたけど。

その土佐犬をこの野郎の前に持って来て、「ホントに怖いってのはこういうことだ」と噛み殺させてやりたい。
 ついに被害"犬"の代弁ですか。

 ところで、被疑者男性を「かみ殺す」となると、それは応報にすらならず、以前にも書いたとおり、「新たな犯罪」となる(もちろん、この場合は実行者が「土佐犬」なので、刑事責任は問えませんがね)わけですが、その辺はいかがお考えなんでしょうね。

司法関係関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月14日

迎合

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080714-00000037-mai-soci
<大阪地裁所長襲撃>少年の「無罪」確定 再抗告審の最高裁

7月14日13時36分配信 毎日新聞

 大阪市住吉区の路上で04年2月、大阪地裁所長(当時)が襲われ重傷を負った事件で、強盗傷害の非行事実に問われた当時14歳の少年(19)について、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は11日付の決定で、刑事裁判の「無罪」に当たる不処分とした大阪家裁決定を支持した。大阪高裁が家裁決定を取り消していたが、小法廷は少年側の再抗告を認め、高裁の判断を覆した。これで、少年の不処分が確定した。

 少年に対しては(1)大阪家裁が少年審判で中等少年院送致を決定(2)大阪高裁が「自白の信用性に疑問がある」と取り消し(3)差し戻し審で家裁が不処分を決定(4)高裁が再び家裁決定を取り消し−−という異例の展開をたどった。

 1回目の高裁決定は、逃走する犯人グループとみられる防犯カメラの映像に、グループの一員とされた大柄の人物がいないことを少年院送致取り消しの理由の一つに挙げたため、差し戻し審で検察側は逃走を再現したDVDの証拠調べを求めた。家裁は認めなかったが、高裁は「DVDを調べれば結論が覆る可能性があった」と再び審理を差し戻す決定をしていた。

 小法廷は「覆る可能性は認められず、早期・迅速な処理が要請される少年事件の特質を考慮すると、差し戻し審の家裁の措置は合理的な裁量の範囲内」と指摘し、不処分決定を支持した。田原裁判長は補足意見で「少年事件では、捜査機関の意向に迎合し、客観的証拠と矛盾した自白をする危険性が高いことを如実に示す一事例」と指摘した。

 事件では、逮捕・補導された5人のうち成人男性2人の無罪が確定。少年の兄(当時16歳)は少年院収容後、大阪家裁で「再審無罪」に当たる保護処分の取り消し決定を受け、検察側が抗告した。当時13歳の少年は児童自立支援施設に送致されたが、「自白を強要された」と国などに賠償を求め提訴している。
 太字部分。あえて何も言わない。
posted by s19171107 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

「緊急性」

http://netallica.yahoo.co.jp/news/41150
 SMの女王様キャラでブレイクしたお笑いタレント・にしおかすみこが、12日(土)付の自身のブログで「「あ”−」と叫びすぎて。のどに、おできができてしまい。声がでなくなり。深夜、救急病院に行ってきました」と明かした。医者から“絶叫禁止令”を勧告されていることから、これを機に彼女の芸風がどのように変化するのか気になるところだ。

 初のエッセイ『化けの皮』(ゴマブックス)を発売し、全国各地を回ってサイン会ツアーを行っているにしおかだが、絶叫がたたったのか、のどを痛めてしまい、深夜に救急病院に駆け込んだ。なんとか治療を受けるが鼻からカメラを入れることになり、「パッと見、鼻から極太めん出してる人みたい」になったそう。

 診断の結果、入院の必要はなかったようだが、医者から「良くなるまでは、あんまりしゃべったらダメですよ」と警告されてしまったにしおか。「元気なんですが、なかなか声がもどらず。みなさんにご迷惑おかけしています」ともどかしい気持ちを吐露している。

 昨年ブレイクしたにしおかだが、実は94年ごろから活動しており、“ドS”の女王様キャラを演じるようになったのは最近のこと。実生活では“ドM”だと過去に『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)などで泣きながら告白したことも。最近、イベントなどの公の場に登場する際は、女王様キャラを封印し、女性らしい格好で、徐々にキャラチェンジを図っていた彼女。

 今回の“絶叫禁止令”によって、キャラチェンジに更に拍車が掛かる可能性が帯びてきたにしおか。今後の彼女が芸人として引き続き過激なパフォーマンスを行なっていくのか、もしくは本来の姿である女性らしい、おしとやかな部分を全面に出していくのか、その去就に注目したい。
 某所では、太字部分について以下のようなコメントが寄せられています。
芸風を禁じられるほどノドを痛めたのは気の毒だけど、これって救急じゃないじゃん。単なる夜間診療。これはイカンだろ。
救急医療がコンビニ受診のせいで崩壊を始めてる昨今、これを指摘しないわけにはいかない。

「普段働いてるから」なんて言い訳は通用しない。
社会人はみな仕事を休んで病院に行くんだから。芸能人であろうと関係ない。
仕事や日常生活に支障がでるほどならなおのこと。何を考えているのか。

まあ、まさかいないとは思うけど、もしこの件で噛みつく人がいるとすれば、それはその人自身がモンスターペイシャントだからなんだよね。
 たしかに傍から見れば、この程度のことで緊急病院に駆け込むことは、「コンビニ受診」と言われても仕方ないことです。しかしながら、以下、本人のブログ記事を見る限り、私としては、そう激しく非難できません。
http://blog.watanabepro.co.jp/nishiokasumiko/archives/2008/07/12_23_post_37.html
どうやら、「あ”−」と叫びすぎて。

のどに、おできができてしまい。

声がでなくなり。深夜、救急病院に行ってきました。


窓口で。

私「すみません。」と。

。。。。。。。言ってるつもりなんですが。なんせ、声が出てないので。

誰にも気づかれず。

なんとか気づいてもらおうと。

「すみません!すみません!」


。。。。。。。。届かず。


しばらくすると、他の対応に追われていた係の人が出てきて。

「どうしました?呼んでください。」と。


。。。。。。呼んだ。。。。。何度も。。。。


「もしくは、手元のブザーを押してください。」と。


見ると、横にブザーが。。。。。


。。。。あ。。。。。



耳鼻科に通され。診察。


若い男のお医者さんが。

「とりあえず、鼻からカメラ入れますね。」と。


え!?


鼻にカメラ?。。。。。。。とりあえず入れるもんじゃないでしょ。。。。


そんな。。。とりあえずビールみたいな言い方で。。。。


医者「入れたことあります?」


ないですよ。。。。


医者「じゃあ、ツーンとしますよ。」と言いながら、

意図も簡単に

先端にカメラがついた管のようなものを、

片方の鼻の穴に入れた。


ツーン?


そんな、かわいいもんじゃない!ツーン?ちがう!カキーン?いや!
パーン!バッカーン!

ちがう。ぴったりの音がない。。。。。痛い。。。。。


医者「そのまま、しばらく楽にしてて下さい。」


。。。。。。どうやって。。。。。。。楽に?。。。。。。。


鼻から白い管ぶら下げて、楽に?。。。。。。


パッと見、鼻から極太めん出してる人みたいだ。。。。。


先生が、カメラを覗きながら。

「おでき、腫れてますね。」と。


薬をもらい。

医者「良くなるまでは、あんまりしゃべったらダメですよ。」と。


。。。。はい。。。。。でも、鼻からカメラ入れたこと。。。誰かに


しゃべりたい。。。。ムズムズする。。。。。。よし。


ブログに書こう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

元気なんですが、なかなか声がもどらず。

みなさんにご迷惑おかけしています。


ライブに来てくださったお客さんも、すみません。

また是非遊びに来てください。

早く治します。
 芸人にとって「声」は資本であります。にもかかわらず、彼女はその資本たる「声」が出なくなってしまったそうです。

 以前にも書きましたが、何を以って「緊急」とみなすかというのは、その人によるのではないかと思います。たとえば今回のように、「声」を資本にして活動している人にとっては、「声」が出なくなるというのは資本を失うことと等しく、その不安は並大抵のものではないでしょうが、私みたいに、ペンを握ることが出来、キーボードを打つことが出来れば、声が出なくても筆談でなんとかなる程度の人にしてみれば「まあそのうち病院にいけばいいかな」くらいにしか思いません。そうこうしているうちに、大体直っちゃうんですけどねwww

 また、緊急搬送についても、「全緊急搬送のうちのx割は軽症だった」という言説が昨今、メディア報道などで良く聞きますが、それは医療知識のある人が見て「軽症」なのであって、医療知識の無い人にしてみれば、軽症かどうかなんて分かりません(もちろん、中には如何見ても軽症もいるでしょうが)。

 更に、殊に彼女の場合、症状が夜に出たというのは大きいと思います。夜に考え事をすると昼間以上に深刻に考えてしまうという経験がある方なら、「夜の不安」の恐ろしさというものは良くご存知かと思います。

 かといって、「本人にとって緊急」ならば何でも許してよいかといえば、それは「医療崩壊」を早めるだけであり、何らかの手を打たなくてはなりません。

 その点、私としましては、どういう症状を以って救急車を呼ぶべきか、緊急病院に駆け込むべきか、という点に関しての指針を、もっと広報することが必要なのではないかと考えます。少なくとも、昨今の「医療崩壊」関係報道に良く見られる「マナー」などという言葉によって道徳的に批判し、緊急搬送要請を抑止しようする工作については、本人にとっては緊急であり、且つ、素人にしてみれば軽症かどうかなんて分からないのですから、おそらくそういう人たちは、自身の、結果的に軽症であり緊急搬送されるほどではなかった件について「マナー違反」だなんて思っていないですよ。「だって緊急だと思ったんだもん。しょうがないじゃない、素人には分からないんだから。」と切り返されるのがオチです。
posted by s19171107 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

信濃町に行ってきた

 「光市事件報道を検証する会」主催のシンポジウムに参加したついでに、信濃町に行ってきました。

 当「ネタ切れ人民共和国」では、毎年3月下旬〜4月上旬頃に信濃町定点観察をしていたんですが、今年は、3月下旬は「いろいろあった」ため、4月上旬は光市事件関係の資料整理と記事編集で忙しかったためにやっておりませんでした。というわけで、今回の報告は、ちょっと遅いですが、今年分の定点観察ということで。

 では、報告を、、、と思ったんですが、正直報告することが無いんですよね。全く変っていなかったもんで。

 強いて言うならば、「造花しきみ」と「生しきみ」が堂々と並んで販売されていたくらいでしょうか。創価の皆さんって自分が過去に言っていたことも忘れてしまうんですね。
http://www.geocities.jp/s19171107/KIKAKU/KUTABARE-CULT/JUCHE97Ver/shikimi.html

 昨年の定点観察記事では、「生しきみ」が一切おいておらず、かわりに造花だけがあったので、あるいは「しきみ」が生育不良で出荷できない間の暫定措置かと思っていたのですが、今回、「生しきみ」と「造花しきみ」が堂々と並んでおいているのを見ると、自分達の前言をすっかり忘れきっているようです。いやあ、「柔軟な信仰」なんですね、創価学会さんってw

 アニメ『人間革命』のDVDも出たそうです。今までVHS形式で1巻2800円していたものを、2巻あわせてたものを1枚のDVDにして2000円と、大変お求め安くなっておりますwwとりあえず、VHS版の1巻〜6巻までを3枚分けにして売っているみたい。信心深い学会の皆さん、どうせ内容なんて同じでしょうけど、この際、買い換えてはいかがですか?

 そのほか、定点観察ではないのですが、創価の土産屋での出来事。ブックコーナーで『ガンジー・キング・イケダ』に苦笑したり、松本サリン事件被害者である河野義行氏の著書『命あるかぎり〜松本サリン事件を超えて』を立ち読みして、「第三文明社出版じゃなければ買うんだけどなあー」と惜しい思いをしたり、あるいは、ゴルバチョフ氏と池田の対談本のうち、池田の戯言を読み飛ばして立ち読みしていると、気がつくと隣に20代の女性グループが。別に聞き耳立てていたわけじゃないんですが、まだ大学生の気分が抜けていないのか、リアル大学生なのかは知りませんが、なんか声が大きいんですよ。次の瞬間、私はとんでもないことを耳にしてしまいました。

折伏したい人に買おうっと

( ゚д゚ )

 この発想はありませんでした。

 皆様におかれましては、他人に本を贈ったことがある方もいらっしゃるかと思います。私も以前、好きな人の誕生日に本を贈ったことがありますし、逆に、私の誕生日に贈られたこともありましたが、それって殆どの場合、相手が自分の子供で無い限り、つまり、相手と自分が対等の関係である限りは、両者の間には共通の趣味や関心分野があり、その分野の書籍の中で、自分がオススメだと思うものを贈りますよね?

 しかし、この女性の「折伏したい人に買おうっと」という発言から分かるように、この女性が本を贈ろうとしている相手は非学会員です。つまり、学会なんかには興味ない人です。これほどの迷惑がありましょうか。

 まあ、この女性には悪気はないんだと思うんですよ。「創価の教義は正しい」という確信をもとにした、ひたすらの善意だと思います。しかし、この「勘違いの善意」「思い込みの善意」ほど迷惑で厄介なものはないことは、ポル・ポトの3年8ヶ月が証明しています。

 いやはや、やっぱ創価は創価なんですねー。
そういう意味では、やはり「変化」のない定点観察でした。早くくたばれ糞カルト。

過去3年の信濃町見聞録
http://www.geocities.jp/s19171107/KIKAKU/KUTABARE-CULT/index.html
posted by s19171107 at 01:19| Comment(4) | TrackBack(0) | カルト創価と公明党 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

"命の価値の格差社会"

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080709-00000051-jij-soci
組員ら乱闘、2人死傷=傷害致死容疑で4人逮捕へ−警視庁

 9日午前2時50分ごろ、東京都豊島区池袋の路上で、男性のグループ同士がけんかをしていると110番があった。警視庁池袋署が調べたところ、指定暴力団極東会系の組員1人が搬送先の病院で死亡し、一緒にいた男性(30)も顔面骨折の重傷を負った。
 同署は現場にいた指定暴力団住吉会系組員(25)ら男4人から事情を聴いており、容疑が固まり次第、傷害致死容疑で逮捕する。
 調べによると、組員らは路上で出会った際に「どこの組のもんじゃ」などと因縁を付け合ったという。
 コメント欄。
ご冥福をお祈りしません。
暴力団には救急車の派遣はしないでよろしい!

人に迷惑掛けている人に税金を使うな!

指定暴力団に対して公的サービスの停止を通達するべきだ!
 あれ、刑事事件に対する「世論」を見ていると、「加害者側にどんな事情があっても人を殺しちゃだめだし、被害者がどんなに道徳的にクズでも、やっぱり殺されるほどではない」みたいなのが主流だったと思うんですけど。

 2月ごろだったかな、暴力団員が暴力団員を射殺した強盗殺人事件の最高裁判決において、5人中3人が「一般人巻き込んでないし無期でいいんじゃね?」というような判断をしたことについて、「暴力団員だろうと一般人だろうと同じ人間なんだから、被害者の加入組織を以って"命の格差"をつけるべきではない。素直に死刑にすべきだ。」という意見がニュー速に書き込まれていた記憶があります。昨今の死刑要求世論というと、専ら感情的で、「それをいうなら、、、」と言うツッコミがごまんとできるモノがかなりありますが、あれに限っては、(制度の是非は別として)死刑制度を現実として存置している国が取るべき方策の一つとしては珍しく筋の通った論立てであり、私としてましては、今まで当ブログの編集活動を通して分析してきた死刑を要求する世論は、確かに脊髄反射的なのが多かったですが、決してそれだけではないことを改めて認識しました。いや、「感情屋習性研究」記事編集のときだって、頭の片隅では「まあ、こういうのばかりじゃないだろうけどさ」とは思っていましたが、現実として目の前にある「世論」の多くはアレな意見が多かったので、なんか自信がもてないというかそんな感じがしていたんですよ。(←なんか上手く表現できないけど、皆様お分かりいただけますよね?「分かっているけど分からない」って感覚)

 しかし今回取り上げた書き込み―被害者の加入組織によって「命の格差」をつける―は、「いつもどおり」のアレなものでした。昨今は「(経済的)格差社会」が社会問題とされており、各方面で様々な論議を呼んでいます。確かに「(経済的)格差社会」も深刻ですが、上記コメントが示す、被害者の加入組織、つまり「被害者の日ごろの行い」を以って、その生命の価値をランク分けしようとする「命の価値の格差社会」とも言えるような風潮は、それ以上に深刻ではないかと思う次第です。

 もちろん、下のほうに埋もれてはいましたが、良識的意見もありますよ。
暴力団員だろうと一応人間なんだが、死ねと平気で言えるお前らも人間じゃないよ。
法がこいつらを裁いて死刑するとかなら異論はないがな。

お前らの方が、暴力団員より下等な存在なことに気づいてないんだよな。
残酷で身勝手なことを平気で言える人間として不適格。

司法関係関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 23:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

7・8

金日成同志逝去14周年に際して、改めて追悼。
posted by s19171107 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ウリ共和国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月06日

ドキュメンタリー「光と影」

http://tokai-tv.com/news/fnn-tokai/ondemand/20080704/index.html
連盟賞、東海テレビ番組2本が受賞 07/04(金) 19:24更新

東海テレビが制作したドキュメンタリー2本が、日本民間放送連盟賞中部・北陸地区審査会の報道部門と教養部門で最も優れた番組に選ばれた。報道部門で1位となったのは、「光と影〜光市母子殺害事件弁護団の300日〜」。光市母子殺害事件の弁護団の密着取材を通して刑事事件の弁護活動や弁護士の職責などを描いた。また、教養部門で1位となったのは、「黒と白〜自白・名張毒ぶどう酒事件の闇〜」。「黒と白」は事件から47年が経ったいまも無罪を主張し裁判のやり直しを求めている名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚の当時の自白とその矛盾点に焦点を絞り自白に依存する日本の司法について疑問を投げかけた。ドキュメンタリー「光と影」と「黒と白」は、今年8月に東京で開かれる中央審査会に出品される。
 残念ながら、東京には東海テレビの電波は入ってこないので、件の番組は鑑賞できなかったのですが、同番組特設ページに掲載されているコメント欄は、良い意味・悪い意味の両方の意味で興味深いコメントが寄せられており、その中には、どちらかというと、番組そのものの「感想」というより、この事件そのものに対する「演説」っぽいものが結構ありますので、「演説」を中心に幾つかピックアップします。(というか、番組見ていない身としては、番組内容に深入りしたコメントについては批評できない)
続きを読む
posted by s19171107 at 21:49| Comment(2) | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

高橋氏ブログのコメント欄が閉鎖された件について

 7月3日付類似構造においてご紹介した、「地下鉄サリン事件被害者」代表世話人の高橋氏のブログのコメント欄が閉鎖されました。およよ?

 私が昨晩11時50分ごろかな?最後に訪問したときには、以下のようなコメントと、それに対する高橋氏の返答がありましたが、そのあと何かあったのでしょうか?
高橋さんは、実際に朝日新聞の回答を見てもいないのに抗議文を出されたのですね?エスパーですかw
私は出していません。
 しかしまあ、これは酷い返答ですね。確かに「私個人の意見としてではなく、地下鉄サリン事件被害者の会として」と最初から断り書きをしていますが、高橋氏は一応、「地下鉄サリン事件被害者の会」の「代表世話人」のはず。昨今の大問題である大手新聞一面コラムの表現について、個人名義ではなく 会 の 名 義 で抗議文を送付するという大仕事に際して、 代 表 世 話 人 ともあろう人が関係資料を一切見ず、更に「私は出していません」と言ってのけるのはいかがなものでしょうかね。

 「地下鉄サリン事件被害者の会」の意思決定プロセスがどういう構造になっているのかは分かりませんし、本件についても情報が少なすぎるので、実は合理的な理由があるのかもしれませんが、少なくとも今、我々部外者が分かる範囲内で検討すると、「良く考えずに送りつけたんだろうなあ 無責任な話だ」と思わざるを得ませんし、さらにひっそりとコメント欄が閉鎖されたのを見ると、「勢いでやっちゃった」感を強く感じます。


 追記
 そういえばここ最近、戴いたコメントに対する返答を全然しておりませんでした。目下、たまりにたまったコメントに対する返答を準備しているところですが、7月3日付類似構造に対する「けら」さんから戴いたコメントに対する返答は、この記事を以ってかえさせていただきます。仰るとおり、「あわてて便乗した」したようにしか見えませんよねwww
posted by s19171107 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月03日

類似構造

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080702/trl0807021542009-n1.htm
 朝日新聞が夕刊1面コラム「素粒子」で、計13人の死刑執行を指揮した鳩山邦夫法相を「死に神」と表記した問題で、朝日新聞社は2日までに、全国犯罪被害者の会(あすの会)が同社に送付した質問書に対し、「気持ちに思いが至らなかった」と回答した。あすの会は先月25日、「被害者遺族にどんな気持ちを起こさせるか考えなかったのか」など4点について質問していた。

 回答は6月30日付。「法相に対する侮辱中傷になると思わないか」との質問には、「中傷する意図は全くなかった。侮辱、中傷と取られたとすれば、残念だ」と答えた。

 回答について、あすの会は「満足させるものではない」として、再び抗議と質問をする予定という。
 そもそもこの抗議自体がなんだかズレているような気がしてならないのですが、「戦線」は更に拡大の様相を呈しています。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080703/trl0807031752005-n1.htm
 朝日新聞夕刊1面コラム「素粒子」で、計13人の死刑執行を指揮した鳩山邦夫法相を「死に神」と表記したことに抗議、質問した「全国犯罪被害者の会」(あすの会)への朝日新聞社の回答を不満として、「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人の高橋シズヱさん(61)が3日、同社に抗議文を送付した。

 抗議文では、あすの会の「被害者遺族にどんな気持ちを起こさせるか考えなかったのか」との質問に同社が「気持ちに思いが至らなかった」と回答したことに触れ、「犯罪被害者へのさまざまな二次被害防止の取り組みがなされている中、(朝日新聞社は)旧態依然と言わざるを得ない」と批判している。

 鳩山法相については「現行法に従って粛々と(死刑執行を)実行した。何ら非難、中傷を受けるようなことではない」と擁護した。

 朝日新聞社広報部の話「抗議には誠実に対応させていただきます」
 以下、本人のブログより。
http://blogs.yahoo.co.jp/whitecat12browncat12/24247733.html
私個人の意見としてではなく、地下鉄サリン事件被害者の会として、「御社6月18日付夕刊『素粒子』の“死に神”表現に対する回答についての抗議」という文章を朝日新聞社宛に出しました.

今日の午後に投函したので、朝日新聞社にはまだ届いていないのですが、東京地裁司法記者クラブに、「こういう抗議文を出しました」というお知らせはしました.

私の個人的な意見としては、この問題に関して、「素粒子」筆者はものすごく軽く考えているような気がします.
「風刺なんだからさぁ、わかるでしょうw、笑って受け流してよ」って.

これまでに抗議と質問の文章を突き付けていた全国犯罪被害者の会(あすの会)に、昨日、朝日新聞社から回答があったことが報道されていました.

私が抗議したわけではないので、その回答書を見ることはできなませんが、私たち遺族の気分の重さに反して、「何だってそんなに気にするの?」と言わんばかりの気軽さがまだそのまま感じられるのです.

それまで抗議表明していたのは、あすの会だけでしたが、地下鉄サリン事件を始めオウム事件の被害者や遺族、その他の犯罪被害者や遺族、一般の人たち、そういった多くの人々が関心をもち、朝日はどうでするつもりなのか? どう対応するんだろう?と注視していました.

ですから、「あすの会への回答書」を、紙面に掲載すれば良かったのに.
それくらいしてほしかったですよ.

今日の地下鉄サリン事件被害者の会からの抗議書は、もっといろいろ書きました。
来週にでも、その文章を載せることにします.

今夜はこれで.
 なにこれ、朝日新聞社が「あすの会」へ送った回答書を見ずに、イメージで抗議したってことですか?

 しかしまあ、「犯罪被害者」という肩書きがあると、気分の重さを理由にした抗議もでき、そしてそれが大々的に報じられて、賛同意見もつくんですね。さらに、「犯罪被害者」という肩書きを持つ人の主張に対して疑問や批判を加えると、一部のアレな人たちが「当事者」を盾にその疑問・批判を封殺しようとするんですよね(ちなみに、封殺行為者は大体の場合、「被害者」「遺族」本人ではないところが、なんともまた)。

 同和利権と同じ構造ができつつあるように思えてなりません。

司法関係関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 23:22| Comment(3) | TrackBack(2) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月02日

「恥の文化」?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080701-00000158-mai-soci&kz=soci
<落書き>伊紙「あり得ない」 日本の厳罰処分に
7月1日22時12分配信 毎日新聞


 【ローマ藤原章生】「教員、大聖堂に落書きで解任の危機」−−。イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本人が、日本国内で停学や務めていた野球部監督の解任など厳しい処分を受けていることに対し、イタリアでは「わが国ではあり得ない厳罰」との驚きが広がっている。

 イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。

 フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。その大半がイタリア人によるものだ。同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。

 一方でレプブリカ紙によると、大聖堂の技術責任者、ビアンキーニ氏は「日本の出来事は、落書きが合法と思っているイタリア人にはいい教訓だ」と語った。
 コメント欄より。
イタリアの町には落書があふれている。だから、日本人が落書をしてもかまわない、と思ってはならない。欧州人にあまり縁のない日本人の「恥の文化」を、誇りをもって彼らに知らしめたほうがいい。「厳罰は当然である」と。
 日本文化が「恥の文化」であるところまでは良いですが、「"恥の文化"だから厳罰が当然」という展開は本来的な意味における「恥の文化」とはちょっと違う気がするのは気のせいでしょうか。
 というわけで、一生使える山川出版社の倫理用語集を参照しましたところ、以下のようにありました。
恥の文化

他人にどのように見られているかを気づかい、他人に恥をさらすことを嫌う日本文化の特色の一つ。文化人類学者のベネディクト(R.Benedict 1887-1948)が主張した。それによれば、西洋文化がキリスト教に基づく倫理観を確立し、神の教えにそむくことを罪と考える文化であるのに対して、日本文化は集団の和合を重んじ、他人から非難を受ける行為をさけようとする恥の文化である。
つづいて掲載されている、ベネディクト氏の著書『菊と刀―日本文化の型』の説明文
『菊と刀―日本文化の型』

アメリカの文化人類学者ベネディクトの著作。キリスト教に基づく西洋文化を「罪の文化」、共同体の調和を重んじる日本文化を「恥の文化」と特徴づけた。集団との和合を重んじる日本人は、みずからの行為の内容の善悪よりも、それが他人にどのように見られるかを気づかい、恥をかかないように行動する傾向がある。
 以上2点を見るに、「恥の文化」なるものは個人の内面における自主的な営み・内的な圧力であるようです。一方で「厳罰」というのは、社会が個人に対して、社会的な善悪基準にもとづいて科す外的な圧力です。とすると、「"恥の文化"だから厳罰が当然」という展開はどうも直結していないように思うんですが、いかがでしょうか。
posted by s19171107 at 21:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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