当ブログは移転しました。詳細はこちらに掲載してありますので、ご参照ください。

2009年11月28日

「けしからん!!! おわり。」(2)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091124-00000570-san-soci
>>> ヤマト運輸が函館でメール便1万7000通未配達 委託配達員解雇へ
11月24日16時43分配信 産経新聞

 ヤマト運輸(東京)は24日、北海道函館市内の配達を受け持つ委託配達員の男性(46)が平成19年2月から今月にかけ、配達予定だった商品カタログやダイレクトメールなどのメール便1万7321通を配達せずに自宅に放置していた、と発表した。

 同社では今年8月、10月にも兵庫県などでメール便の放置が発覚。社をあげて点検作業を進めるなかで新たな未配達が発覚した。

 同社によると、この配達員は19年2月ごろから、ほかの配達員の分も自らすすんで配達を申し出るようになり、配達しきれなかったメール便を自宅の物置にため込むようになったという。未配達の場合に苦情が来そうな定期刊行物や個人間の配達物は優先的に配達し発覚を逃れていた。

 委託配達員は「お金がほしかった」などと話しているという。同社は近く懲戒解雇する方針。
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 10月15日づけ「「けしからん!!! おわり。」」に続くヤマト運輸の配達不祥事。今回はコメ欄がついていなかったので、リンクされている記事(現時点で14件)を読みましたが、「運送員の意識を上げよ」(裏を返せば「けしからん」)といったレベルの感想しか見られませんでした。

 私としましては、前回の記事にも書いたように、この問題は決して「けしからん」とか意識云々で済ませられる問題ではなく、背景において経済的な構造があるのではないかと思います。少なくとも、その可能性を検討する必要はあると思います。すなわち、本件に焦点をあわせるならば、「お金がほしかった」という動機に基づき「ほかの配達員の分も自らすすんで配達を申し出るようにな」り、そして案の定、破綻すれば「配達しきれなかったメール便を自宅の物置にため込むようになっ」た、という本記事の文脈に、昨今の運輸業界の低価格競争、たとえば、たびたび報じられるライバル社:郵便局の「ゆうパック」運送員の疲弊振りを付け加えて考えれば、あるいはヤマト運輸の運送員は、このような無茶をしない限りたいぶ収入的に苦しい環境にあるのではないか、という仮説をたてられるのではないでしょうか。

 にもかかわらず、例によって今回もまた「けしからん」レベルの感想でテキトウに済ませてしまった「世論」。実はそれほど問題だと思っていないんじゃないかとも思わないでもありません(飲酒運転死亡事故の遺族のように、問題は痛切であっても、最近はちょっと変わってきたようですが、それでも基本的に「けしからん」路線を貫いている人たちもいますから、分かりませんけどね)。

 ところで、このような「環境原因説」とか「構造原因説」と言い得るような仮説をたてると、たとえば「派遣村」においても顕著だったように、「がんばっている人もいる」という風な「反論」をいただき、それを以って「にもかかわらずこういうことをやるのは、やはり、当人がけしからん人間だからだ!」という結論を導き出そうとする人がいます。今回はサンプルが少なかったので、直にそういう議論を展開している人はいませんでしたが、先にも書いたとおり、「派遣村」ではそういう議論の展開を見せた人がいたことは、皆様も良くご存知かと思います。

 確かに「けしからん」かと言えば「けしからん」のですよ。しかし、私が繰り返し申し上げているのは、「果たして『けしからん』 だ け で済ませてよいのか」と言うことなのであります。すなわち、たとえば本件では、もし経済的環境が本件のような不祥事の原因であるならば、もちろん経済的に困窮しているからといってこういうことをやってよいという免罪符にはならないものの、こういうことが起き続けることは避けられません。その点において私は、本件を「けしからん」で済ませてはならず、「経済的環境原因説」に基づいて実証的に分析することは重要であると考えます。また、もし「経済的環境原因説」が正しいならば、昨今の低価格競争がその根本にあることは疑いないことになると思われます。とすれば今後、更にキチガイ染みた低価格競争が続けば、単にこういう不祥事が続くのみならず、「けしからん」で物事を済ませたがる人がしばしば引き合いに出す「がんばっている人」たちが、市場から退出することもありえることは、実に容易に想像できることであり、その点においては、あるいは本件は、このままの状態が続いた場合における運送業の将来を示す「シグナル」ともいいうる問題であるともいえるでしょう。やはり、決して「けしからん」で済ませられる問題ではありません。

 ところで、では何故、「世論」は何事につけ「けしからん」で済ませようとするのでしょうか。私としましては、「世論」の思考回路においては、物事の「分析」に際して「規範的に分析する」ということと「実証的に分析する」ということに分化しておらず、常に何事も「規範的」に分析しようとする傾向にあるからなのではないかと考えております。

 「規範的に分析する」ということと「実証的に分析する」ことの違いとは何か。どのように見極めるのか。それほど難しい話ではありません。典型的な前者的分析の語尾は「べきである。」であるのに対して、後者のそれは「である。」という違いです。すなわち、前者は事実に対して主体が如何思うか(どうあるべきか)というレベルであるのに対して、後者は事実を述べている(どうであるか)という点において相違があります。

 本来ならば、「規範的な分析」を下すためには「実証的な分析」が不可欠であることは言うまでもありません。しかし、「規範的な分析」と「実証的な分析」の違いが分化していないがゆえに、こういう「実証的な分析」が不可欠な問題に対して、単に「けしからん」で済ませてしまったりする。この傾向がひどくなると、「規範的に分析」しようにも実証の下積みが無いために、結果的に妄想で穴埋めしたりすることに繋がるのではないでしょうか。

 「なぜ、常に何事も『規範的』に分析しようとする傾向が生まれるのか」については、ちょっとまだ見解を公表するほど資料が集まっていないので、その点については今後の研究課題としたいと思います。
posted by s19171107 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

法曹各者の「事なかれ主義」に対する反応・対策の違いについて

http://www.asahi.com/special/080201/TKY200911190485.html
>>> 被告に裁判員が「むかつく」裁判長「もうそのへんで」2009年11月19日22時48分

 強姦(ごうかん)致傷事件を審理している仙台地裁の裁判員裁判で19日、男性裁判員の一人が「むかつくんですよね」と男性被告(39)を法廷で非難した。真剣に反省しているかを確かめようとして、被告の返答が煮え切らないのに憤ったとみられ、裁判長から「もうそのへんで」とさえぎられた。

 この裁判員は被告人質問で「逮捕は運がなかったと思っていませんか」「二度と繰り返さないという気持ちはありますか」などと質問し、被告が黙っていると「即答できないのですか」と続けた。さらに「当たり前のことしか返ってこない。もうしませんとか反省してますとか」と述べ、興奮気味に「むかつくんですよね」と声を荒らげた。被告は黙ったままだった。

 審理終了後、被告の弁護人は「反省態度を確かめようと、検察官や弁護人ができないような聞き方で真っすぐ被告に語りかけ、言葉がヒートアップしたのではないか。けしからんということはない」と話した。(堤之剛)
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 19日の記事で取り上げたのと同じネタですが、これは朝日配信記事です。最終段落。アレに対して弁護人がそうフォローしてしまうのは、ちょっとどうかと。ヒートアップするにも限度というものがあろうと思うのですが。

 これは本気で言っているのか、あるいは、鳴り物入りで始まった裁判員制度に対して、何かと持て囃される「庶民感覚」に対して意見しにくく、結果、迎合する発言をせざるを得ないためなのかは分かりませんが、もし後者であるならば、裁判員制度導入の根拠とされてきた「事なかれ主義の職業裁判官による司法の歪曲を正す」という理論に従えば、「事なかれ主義の職業弁護人による司法の歪曲を正す」必要も出てくると思うのですが、本件に限らず一般論としても、あまり聞きませんね。

 同じような問題であるのに、職業裁判官の事なかれ主義ならびに判例硬直主義に対する批判は激しく、ついに裁判員制度を作るに至ったに対して、職業弁護人の事なかれ主義に対する批判はそれほどでもなく、特に制度改正の動きも無いのは、世の注目点は依然として「勧善懲悪」だからなんでしょうかね? そういえば、職業検察官の分野についても、勧善懲悪の要素がかなり強い、先の検察審査制度強化は実行されたのに、冤罪防止のための取調べ可視化は未だに、一部市民がきゃーきゃー言っているレベルだし。

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http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

教訓が生かされていないような、いるような

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091119-00000037-maip-soci
>>> 市橋容疑者 「違法な取り調べ」主張 弁護団が改善要請
11月19日21時18分配信 毎日新聞

 千葉県市川市の英国人女性殺害事件で、死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)の弁護団は19日、違法な取り調べが行われ、処遇にも問題があるとして、千葉地検と県警行徳署に改善を求める通告書を出した。千葉市内で記者会見し、明らかにした。

 菅野泰弁護士らによると、市橋容疑者は18日の接見で取り調べの様子を記したノートを持参。県警の調べについて「『親族のところにマスコミが取材に行った。お前が黙っているからだ』と言われた」という。17日の地検の取り調べでは「このまま黙秘を続ければ社会に出られない。死刑もあり得る」「黙っているなら親が死刑になるべきだ」という発言もあったという。

 市橋容疑者は「こうしたことを言ってもいいのか」と質問。接見弁護士が、違法な取り調べで、捜査当局側への通告も可能なことを伝えると、「お願いします」と話したという。会見で菅野弁護士らは「死体遺棄容疑の取り調べで死刑などという発言が出るのは問題。黙秘権の重大な侵害だ」と指摘した。

 また、市橋容疑者は絶食を続けているため医師に栄養剤のブドウ糖を注射されたことについて、「具合が悪くなった。生命が危険な状態ではない」と話したという。

 市橋容疑者は19日も食事をとらず、栄養剤の注射も拒否。菅野弁護士は「依然、事実関係は話さず、絶食の理由は分からない。黙秘の理由は少しずつ話している」と語った。

 弁護団の通告書に対し、県警捜査1課は「法にのっとり適正な捜査をしている」としている。【中川聡子、神足俊輔】
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091119-00000203-jij-soci
>>> 「取り調べ不当」捜査当局に抗議=市橋容疑者側−英女性死体遺棄
11月19日21時31分配信 時事通信

 千葉県市川市のマンションで英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=の遺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)の弁護団が19日会見し、不当な取り調べが行われているとして、千葉地検と県警捜査本部に通告書を送付し、抗議したことを明らかにした。
 弁護団によると、地検の取り調べで市橋容疑者は「今のままの態度だと社会に出られない」「死刑もあり得る」と指摘され、捜査本部の調べでは「姉のところにマスコミが取材に行った。お前が黙っているからだ」などと言われたという。
 同容疑者が18日の接見で、調べの内容を記したノートを持参したため、弁護団が抗議の意思を確認した。
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 足利事件受刑者釈放からまだ半年、あの杜撰捜査・脅迫取調べが白日の下に晒されてからまだ半年しか経っていないのに、取調官の皆様におかれましては、お元気そうで何よりです。

 そしてコメ欄の皆様におかれましても、このような取調べが足利事件のような「自白」を引き出し、結果的に無実の人を18年間、拉致監禁した上に、極悪真犯人を取り逃がしたということをすっかりお忘れになられたようで、私としましては、「あの」幕田英雄検事正に対して「菅家さんに謝っている暇があったらお前が18年間刑務所に入れ」と、光市事件の「御恩」(幕田検事正は最高裁検事時節に光市事件を担当されました)をすっかり忘れて暴言を吐いていたのがつい先月のことだとはとても思えない次第でございます。
>>> 2009年11月19日 21時35分crd*****さん
私もそう思う7,157点 私はそう思わない1,630点

不当も何も、文句は言えん事(殺人)をしたんだろうが?
黙っていればそれで済むとでも思っているようだが、絶食しようが、黙秘しようが、誰もお前を許さない。
それだけは間違いない。
<<<
>>> 2009年11月19日 21時34分nar*****さん
私もそう思う5,660点 私はそう思わない1,325点

本当の事を言われて抗議ですか(笑)

>「今のままの態度だと社会に出られない」「死刑もあり得る」と指摘され、捜査本部の調べでは「姉のところにマスコミが取材に行った。お前が黙っているからだ」などと言われたという。」

そのうち、親にも行くと思いますが?それは自分が捜査に協力しないからでしょう
<<<
>>> 2009年11月19日 21時37分han*****さん
私もそう思う2,051点 私はそう思わない397点

人権第一
殺人死体遺棄容疑二の次
みたいな感じですか?
弁護団のみなさん。
<<<
>>> 2009年11月19日 21時41分jdf*****さん
私もそう思う1,113点 私はそう思わない451点

不当な抗議をするなっ!

ゼニ儲け主義の強欲弁護士!
<<<
>>> 2009年11月19日 22時5分ear*****さん
私もそう思う790点 私はそう思わない194点

黙秘するだけしておいて、不当はないでしょう。
亡くなったリンゼイさんのほうがよっぽど不当な行為を受けてる。
どこまでも自己中心的ですね。
<<<
>>> 2009年11月19日 21時59分jir*****さん
私もそう思う650点 私はそう思わない249点

取調べ不当だと。ふざけるのもいい加減にしろ。
きちんと話せよ。
この期に及んでふてくされるのは虫けら以下。

市橋の弁護士さんよ。
なくなったリンゼイさんの人権はどうなんだ。
<<<
 更に言えば、逮捕容疑からして何か重大な認識間違いがあったり、いまだに刑事裁判が金儲けになるとか思っている方もいるようで、これはなお一層深刻な事態だなあと思ったり。

 しかし一方で、以下のような教訓を汲み取った、それなりに冷静なコメントも、少なくない賛同数を得ているのを見ると、ある程度、「学習」しているのかもしれないな、とも思わないでもありません。
>>> 2009年11月19日 22時3分t03*****さん
私もそう思う2,352点 私はそう思わない814点

皆さんの意見を見ていると少しおかしくないか。
本人のやったことは決して許されることではない。
しかし親、兄弟姉妹を死刑にするなどは絶対に言ってはいけないことだし、それに対して批判せず、当たり前のように言うコメントも理解できない。
警察は正攻法で本人の自白を引き出すべき。
これを許せばいつ冤罪事件がわが身に振り変えるか非常に恐怖を感じる。
<<<
>>> 2009年11月19日 21時50分lov*****さん
私もそう思う1,743点 私はそう思わない232点

取調べは適法になされなければならない。
足利事件に学びましょう。
<<<
>>> 2009年11月19日 22時13分ham*****さん
私もそう思う1,167点 私はそう思わない243点

多くのコメントの論調に違和感がある。
全く感情的な意見ばかりだ。

市橋への思いと、この問題は別でしょう。
別の記事にあったが親が死刑になるとか、全く筋違い。
こんなことやってるから冤罪を生むのだ。

冤罪から守るには黙秘権は必要だ。
これを逆手にとる事例があったとしても、
それを上回る利益があるから。

都合よく解釈するのはやめた方がいい。感情的には理解できる部分もあるが。
警察、検察も、己の能無しぶりをさらけ出すことはやめたほうがいい。
焦っているのかもしれないが、市民のおかげで時効前に逮捕できたことに感謝しなさい。
<<<
>>> 2009年11月19日 21時54分nbl*****さん
私もそう思う743点 私はそう思わない616点

コメントに彼を殺人者と断定する内容が見られる。

容疑は死体遺棄であり殺人は立証されていない。

彼を殺人者と断定する論調はいかがなものか?
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 これくらい冷静な視点を持てる国民が増えれば、裁判員制度ならぬ「検察員制度」みたいなのもあったほうが良いかもしれません。

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http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

ある意味「庶民感覚」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091119-00000562-san-soci
>>> 「むかつくんです」裁判員が性犯罪の被告を詰問、裁判長が制止
11月19日14時44分配信 産経新聞

 「むかつくんです」−。宮城県内の路上で女子高生(当時15)を乱暴し、手首骨折の重傷を負わせたとして、強姦致傷罪に問われた大崎市の無職、結城一彦被告(39)の裁判員裁判。仙台地裁(川本清巌裁判長)で19日に行われた公判の被告人質問で、男性裁判員が感情をむき出しに被告を問いつめ、裁判長に制止される一幕があった。

 裁判員の被告人質問では男性4人が質問。中年の男性裁判員が声を上げた。

 「この裁判は長いと感じる?」。結城被告はか細い声で「長いです」と答えた。続けて男性が「裁判が面倒くさいと思わないか」と訪ねると、結城被告は「自分でやったことだから仕方ない」。さらに男性は声のトーンを上げて「俺的にはやばいとか、(捕まって)運が悪いとか感じる。そうは思わなかったの?」。結城被告は「そうは思わなかったです」と答えた。

 厳しい目で結城被告をにらみながら男性は「二度と繰り返さない気持ちはあるか」と問いかけ、「(その気持ちは)どれくらいか」と続けると、うつむいていた結城被告は30秒ほど沈黙した。

 ここで男性が「即答できない…。昨日から『反省します』とか当たり前の答えしか返ってこない。被害者に対して反省とかこれからですよね。(被告が女性の首を絞めたかどうかの争点について)両手だった片手だったかは関係ない。あなたはむかつくんです」とまくし立てるように非難した。これに対して川本裁判長は苦笑いで「その辺で」と制止すると、男性は「わかりました、すいません」と言って質問を止めた。

 起訴状などによると結城被告は昨年10月2日、自転車に乗った女子高生の自転車の前かごをつかんで転倒させ、カッターナイフを首に突きつけたり、首を手で締めて「死ぬか」などと脅迫。女性を乱暴し、右手首骨折の重傷を負わせたとしている。
<<<
 裁判員制度は、8月の第1号裁判以来、各地で数多く行われており、ここ最近は報道も落ち着いてくるようになって来ました。私としましては、その実際は、功罪両面あるなと思っており、そこそこに判例も蓄積されてきたので、そろそろ判断を下そうかと思っていたのですが、ここにきて案の定な展開が見られました。

 中年の男性裁判員の発言。順番に問題点を挙げるとすれば、「『反省します』とか当たり前の答えしか返ってこない。」「(被告が女性の首を絞めたかどうかの争点について)両手だった片手だったかは関係ない。」「あなたはむかつくんです」の3つが挙げられると思います。

 一つ目。じゃあ逆に言うと何が「反省」なんでしょうかね? まあ、日本人の言う「反省」の意味するところが極めて曖昧で、半分イチャモン状態になっているのは本件に限らず、たとえば光市事件においても顕著に見られた話ですが、それにしても「当たり前の答え」をすると怒られるとかもう訳分からんですな。まあ「訳分からん」で済ませちゃ困る、その「訳分からん」を導き出す思考回路を解き明かさなくてはならないというのは、以前より書いてきているとおりですが、ちょっとすぐには解き明かせそうにありません。

 ところで、こういう「当たり前の答え」を評価しないってのは、「反省」に限らないんですよね。たとえば、政治においては、当たり前の答えをすると「どこかヒトゴト」とレッテルを貼られる一方で、最初の総裁選のときだったかの小泉元首相のように、結局何も具体的に言っていなくても、何か耳に残るフレーズを繰り返せば、皆の支持を得られるといったように。あるいは、「おみおつけ」のように、もはや敬意のインフレとしか言いようの無い言葉遣い(語源の一説による)が普通に使われているように。その点においては、日本人の持病なのかしもれませんね。まあ相変わらず「思考回路の解き明かし」にはなっていませんけど。

 二つ目。この言説は恐らく、ちょうど昨日の記事に従えば、「『結果』というインパクトに偏重した思考」による反応と「犯罪者は悪いやつだから何を言っても・やっても良い」という思考が合わさって発現したものでしょう。

 これが「庶民感覚」と言ってしまえばそれまでなんですが、しかし、自分の言い分を「結果が全て」として斯くも足蹴にされて不満を抱かない人間はおらず、その点において、この男性裁判員の発言は、被告人の刑期を「反省の日々」ではなく「不満の日々」に変えてしまいかねません。彼はそんな重大なことをやらかしたのです(「犯罪者だって人間であり、何をやっても良いと言うわけではない」というのは、単なる人権思想の要請ではなく、こういう実利的な意味合いも含まれています)。

 このように、裁判員制度でやたら持て囃されている「庶民感覚」というのは、決して持て囃すべきものではありません。

 そう考えると、裁判員裁判導入賛成者におかれましては、「裁判官は自分が偉いと思ってふんぞり返っている」から「裁判員を法廷に入れて裁判官の驕りを正そう、庶民感覚から乖離した判決を正そう」みたいなことを仰ります(その点に対する価値判断はここでは行いません)が、たとえそうだとしても、送り込む裁判員に対して「是非あなた様の庶民感覚を生かして、極悪犯罪者に対するダメ裁判官の判決を庶民感覚に沿った正しいものに是正してください。法的知識は余り必要ではありません。」みたいな言い方をすると、逆に今度は庶民のほうが自分の「感覚」を過信して、驕り高ぶってしまい、法廷において裁判官のみならず被告人に対しても高圧的な態度をとり、結果的に、人間である被告人に裁判と判決、そして社会に対する不満と敵対心を植えつけてしまうのではないかと危惧します。

 最後。結局、色々と理屈捏ね回していましたが、その全ては単に感情的に気に食わないからであるということを自ら暴露してしまった部分。さすがにここまでハッキリ言ってしまうと、なかなか擁護しにくいものがあるでしょう。まあそれでも擁護する人はいますけどね。

 私が裁判員裁判に懐疑的で、慎重な姿勢をとっていたことは以前より当ブログをご覧になっている方におかれましては良くご存知かと思います。その理由はさまざまですが、ひとつに、「『ハズレ』を引いた場合のリスクが職業裁判官の『ハズレ』よりも大きすぎる」という点が挙げられます。

 職業裁判官は判例を重視します。この点に対する批判は根強く存在し、この点の「是正」を掲げて裁判員制度を支持する言説も少なくありません。しかし私としては、判例を重視してくれたからこそ、たとえ裁判官個人が「ハズレ」であっても、それなりに一定の範囲内に量刑が収まるという点において、「まだよかった」という肯定的な判断もできると考えています。

 対する本件。ここまで感情基準で裁判をされるというのは、それにしても「ハズレ」の程度がひどいと言わざるを得ません。裁判員制度というのは、こういう、職業裁判官の「ハズレ」よりも甚だしい「ハズレ」が実際に審理に参加してしまいうるのです。

 もちろん、このことは逆に言うと、ものすごい「アタリ」に出くわすことだってありえるわけです。しかし、「『アタリ』と『ハズレ』の差が甚だしく、特に『ハズレ』のハズレ具合は目も当てられない」と、「『アタリ』『ハズレ』の差は余りなく、どれも同じようなもの」はどちらが良いかと言うと、後者のほうが、その差はわずかではあるものの、まだ良いのではないかと思います。

 ぜひ「アタリ」多き制度になってくれると良いんですが、「感情屋」とまでは行かずとも、感情基準の程度が甚だしい方がいる限りは、やっぱり心配ですね。

 裁判員制度に関するその他の論点に関しては、その判例に関する情報収集・分析の後に取り上げる予定ですが、例によって、いつになるのかは私も分かりませんw

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posted by s19171107 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結果結論偏重ですらない

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091112-00000064-jij-soci
>>> 虚偽証言で捜索、署長が謝罪=偽千円札使用事件−奈良県警
11月12日11時14分配信 時事通信

 奈良県橿原市のショッピングセンターで10月、奈良市立中学2年の女子生徒(14)が偽千円札を使用していた事件で、県警橿原署が女子生徒の虚偽の証言をもとに、全く無関係の男性宅を家宅捜索していたことが12日、捜査関係者への取材で分かった。
 捜査関係者によると、女子生徒が逮捕された際、「隣にいた男子大学生にやらされた」などと話したため、県警は通貨偽造容疑で、男子学生(19)の逮捕状を請求。10月末、橿原市内の男性宅を家宅捜索した。
 男性宅から偽札が見つからず、女子生徒の自宅からカラーコピーされた偽札が数十枚発見されたため、女子生徒を問いただしたところ、証言は虚偽と判明した。
 男子学生の両親が同署に「犯人扱いされた」と抗議したため、藪内公夫署長が男性とその両親に謝罪した。 
<<<
 コメ欄上位。1位(7000点台)2位(約6000点)は良いとして、3位以降がちょっと。。。
>>> 2009年11月12日 11時19分 skz*****さん
私もそう思う5,177点 私はそう思わない31点

社会に迷惑。
警察に迷惑。
隣人に迷惑。
家族に迷惑。

わかってないんだろうな。
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>>> 2009年11月12日 11時17分 yui*****さん
私もそう思う4,872点 私はそう思わない29点

通貨偽造行使に虚偽告訴
悪質です
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>>> 2009年11月12日 11時15分 mae*****さん
私もそう思う3,156点 私はそう思わない32点

虚偽はイカン、虚偽は。
<<<
>>> 2009年11月12日 11時24分 edg*****さん
私もそう思う1,437点 私はそう思わない11点

大人顔負けのえげつなさだな。これでも中学生ってことで名前も出なきゃ服役もしないって、やっぱなんか釈然としねぇ。
<<<
>>> 2009年11月12日 11時43分 a77*****さん
私もそう思う1,420点 私はそう思わない5点

もうさあ、電車の痴漢とか虚偽の証言した者は、厳罰にしようよ。
<<<
>>> 2009年11月12日 11時41分gak*****さん
私もそう思う1,377点 私はそう思わない20点

責められるべきは、女子中学生とそのガキの親!
どんな育て方したらそんなガキになるんだ?!
<<<
 この記事のテーマは、偽札使用で逮捕された女子学生の虚偽証言を鵜呑みにした警察が、無関係の人物の逮捕状を取り家宅捜索したという事件について、警察署長が被害者に謝罪したという話です。

 言うまでもなく、今の日本社会では「逮捕=真犯人」という単純すぎる図式がまかり通っており、幸いにして本件は逮捕状は出たものの実際には逮捕されなかったようですが、かなり危ないところまで来ていた、危うく警察のせいで人生を狂わされるところだったと言えるでしょう。そう考えると、奈良県警の捜査手法にはかなり深刻な問題があると言わざるを得ず、本件は警察の不祥事の1ページに記録しておいて損は無い事件であったと言えると思います。恐らく記事を執筆した時事通信記者も、「タイトルは記事内容の要約である」という一般的合意に従っていると仮定した上でタイトルを見る限り、そういう問題意識のもとでこの記事を書いたものであると予想します。

 にもかかわらず、とても予想外の反応を見せてくださるコメ欄。うーん、まあ虚偽証言も悪いと言えば悪いですが、「悪いやつ」(本当に「悪いやつ」なのかは、事件についての情報を持っていないので、例によって当然断定はしないつもりですが、少なくとも警察は「悪いやつ」だと思っているから逮捕しているので、ここでは「警察にとっての悪いやつ」「警察は悪いやつだと思っている人」と言う意味の略称として「悪いやつ」と表記します。)が自己保身のために嘘をつくなんて良くあることですからねえ。取り立てて問題にするのもどうかと。むしろ、「良くあること」なのに警戒心を抱かず、「悪いやつ」の発言を鵜呑みにした警察の捜査手法こそ問題にされるべきなんじゃないかと。記事もそういう方向性で書いているんだし。。。

 かつて私は、「世論」が、結果結論のみに偏重するがゆえに、事態の経緯や理由を無視・あるいは虫食い引用し、よって俺理論で無理矢理物事の正当性をこじつけていると書きましたが、今回の一件を含めて考えると、「世論」は結果結論偏重ですらなく、自分にとってのインパクトに偏重して反応しているにすぎないと言えるのではないでしょうか。結果結論偏重よりもダメな展開ですけど。
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2009年11月15日

必要悪の延命

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091114-00000037-sph-soci
>>> 逃走中市橋容疑者雇い、仕事逃げた…大阪の建設会社 通報があだ
11月14日8時1分配信 スポーツ報知

 英国籍の英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)が、逃亡中に住み込み勤務していたと公開写真を見て気付き、警察に通報した大阪府茨木市の建設会社が、取引先から相次いで契約を打ち切られていることが13日、分かった。建設会社関係者によると「社員の身元もきちんと調べない会社とは、取引できない」として契約を解除されることが続いたという。一方、千葉地裁は同日、この日も食事を口にしていない市橋容疑者の拘置を、22日まで認める決定をした。

 通報があだになった。 08年8月19日から09年10月11日に姿を消すまで、約1年2か月間、市橋容疑者を雇っていた建設会社。警察へ通報後、市橋容疑者が勤めていたことが知られるようになり、取引先数社から契約を完全に打ち切られた。ほかにも、一時的な取引中止や、新規契約交渉が難航する例もあったという。

 ただ、同社社長は「殺人犯(容疑は死体遺棄)を雇っていたということですから。結果論ですからね」と、ひょうひょうと受け止めている。社長は「通報すれば、取引停止の可能性があることは頭にあった。事前に話し合ったが、社会人の義務として通報した」ときっぱり。事業に支障が出るのでは、と社員たちと話し合った結果、決断した。

 契約打ち切りの一方、エールもあるという。社長は「『ようやった』と言ってくれるお得意さんもいる。『これからも仕事、頼むわ』とね」と明かし、より深い信頼関係を築けたケースも出ている。警察官からも「市橋(容疑者)がここで働いた金で整形したことが、整形外科医による通報を促し、逮捕につながった。犯罪人を雇っていたといわれるかもしれないが、気にすることはない」と励まされたという。また、捜査関係者は「取材活動の影響を受けたのかどうか、事態がよく分からないが、われわれが通報者を守り切れていないことは反省している」と述べ、遺憾の意を示した。

 社員らと話し合った際、社長には、昨夏放送されたNHK特番「たったひとりの反乱」が「印象にあった」という。主要取引先である雪印食品の牛肉偽装を、内部告発した兵庫・西宮市の冷蔵倉庫会社「西宮冷蔵」の水谷洋一社長が、告発後に取引先を相次いで失うなどして休業し、再建するまでを描いた内容だ。

 水谷社長を取り上げ、12日に放送された、フジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー」も見たという建設会社社長は、「通報してよかったと思ってます。全然、後悔していない。建設業界自体も厳しい環境にあるが、頑張ります」と力強く笑った。
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 コメ欄上位(9000点台〜8000点台)。
>>> こういうのも一種の風評被害。
正直者が馬鹿を見る世の中にはなって欲しくない。
契約解除に踏み切った会社連中は再考せよ。

ま、その前にズサンな無責任垂れ流し報道するマスコミに
大きな問題が潜んでいる気がするが・・・
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>>> 雪印の時も、告発した冷蔵倉庫会社が仕事の殆どを失い、一時倒産の憂き目にあった事を思い出す。

正義って何なんでしょう。
じゃあ、何をしたらよかったっていうんでしょう。
どんな思い、葛藤の中で通報したと思っているんでしょう。
結局これですか。

他人の気持ちや考えに、誰も思いを馳せない。
正直者が、バカを見る。
……、生きにくい世の中。
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>>> 契約を打ち切った取引先のリストを公開してください。
みんなで契約を打ち切る対象候補としましょう。
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 社長もコメ欄、そして警察も何か勘違いをしている気がするのですが、「犯罪者を雇っていたから」という結果論、ちょうど、チュチェ97年8月6日づけ「「Ocean」設立1周年集会報告(1)」にてご紹介した、松本サリン事件被害者であり、報道被害者でもある河野義行氏の奥様の件と同じような展開による契約解除ではなく、社員の身辺調査、それも「指名手配されているかどうか」という、「身辺調査」というのも大げさなくらいの超基本的な情報確認もしていない企業なんか危なっかしくて取引できない、という主旨に基づく契約解除だと思うんですが。記事にも「建設会社関係者によると「社員の身元もきちんと調べない会社とは、取引できない」として契約を解除されることが続いたという。」と書いてありますし。

 これはもっともな言い分です。コメ欄を下のほうに辿ってゆくと、以下のようなの(3000点台)もありますが、「指名手配されているか否か」を調べる余裕も無いんですか? こんなもの興信所使うまでもありません。もし本当にこれくらいの余裕も無い業界であるのならば、それこそそういう企業は「犯罪者天国」すくなくとも「犯罪者」にとっての隠れ蓑となるので、「社会貢献」のためにも潰れてくれるのが望ましいんですが。身辺調査がきちんとできる「一部の大企業」だけで結構です。
>>> 社会貢献の為に通報した会社に対して、取引先が一方的に契約解除を申し込むとは、おかしくないだろうか?
過酷な肉体労働に根を上げて、次々に入れ替わる職業だ。バイトでまかなうしかない現場商売に、身辺調査を行う余裕など無い。そんな悠長なことが出来るのは、一部の大企業ぐらいだ。
市橋容疑者がこの会社に勤めていた時、マジメに仕事に取り組んでいたのだし、契約会社に迷惑を掛けたわけではないと思う。
この一件で、警察への通報を控えるようになれば、それこそ犯罪者天国になるよ。
社会貢献という観点から、取引先にはもう一度考え直して欲しい。
<<<

 しかし一方で、ちょうどこのニュースは6日づの記事のコメ欄においてamanoiwatoさんも取り上げていらっしゃるように、こういうことがあると通報に対する誘因が損なわれてしまうという点において、コメ欄の言い分にもまた一理あります。

 社会的にどちらが望ましいかと言えば、どうなるんでしょうかねえ。まあ、「『犯罪者』も捕まらず、情報管理が杜撰で『犯罪者』の隠れ蓑ともなりうる企業ものさばり続ける」よりは、「『犯罪者』は捕まったが、情報管理が杜撰で『犯罪者』の隠れ蓑ともなりうる企業はのさばり続ける」ほうが良いのかな。企業は「逃げない」から、後々テキトウな理由をつけて切れば良いしね。そう考えると、珍しくコメ欄と結論だけではあるものの、意見の一致が見られたのかな。
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2009年11月12日

1億総ゆとり脳

 8日の記事にてご紹介した、「NYで大手金融機関にワクチン優先接種か、波紋広がる」の記事のコメ欄について、前回とは別の話題の面から再度取り上げます。
 記事本体は既に前回記事で引用しているので、コメ欄。

>>> 2009年11月6日 16時35分 e_a*****さん
私もそう思う1,243点 私はそう思わない463点

子供と女性が優先なのが常識。お金に潰されなさい。
<<<
これに対して、以下のような「反論」が寄せられました。

>>> 2009年11月6日 17時52分iwa*****さん
私もそう思う281点 私はそう思わない45点

>子供と女性が優先なのが常識。お金に潰されなさい。
女性は余計。男女平等の世界なんだし
<<<
>>> 2009年11月6日 19時16分sug*****さん
私もそう思う229点 私はそう思わない10点

>子供と女性が優先なのが常識。お金に潰されなさい。

感染リスクや重症化・死亡リスクが高い人
社会的に見て罹患し倒れられたら困る人

が優先です。
だから、子供や医療関係者等が優先されるのです。

これはヒューマニズムの問題じゃなく、ドライであっても合理性で決めるべきこと。
なので「小さい子供を育児している母親」たる女性は優先していいと思いますが、申し訳ないですがそれ以外の女性は別だと思います。
<<<
>>> 2009年11月6日 19時48分nsj*****さん
私もそう思う104点 私はそう思わない36点

sug*****さん
なので「小さい子供を育児している母親」たる女性は優先していいと思いますが、
申し訳ないですがそれ以外の女性は別だと思います。

その通りだと思います。「子供を産まない女はどうのこうの」=差別とか言われますが
子供を産むのは女性しかできないことだし、子供がいる母親は優先されてしかるべきです。
なんだかんだ言っても子供がいる母親>子供いない女性です。

男の私はまずはインフルエンザになっても死なない体づくりを目指します。
<<<
>>> 2009年11月6日 20時49分las*****さん
私もそう思う70点 私はそう思わない7点
>子供と女性が優先なのが常識。

子供は当然だが、そこで女性もと言い切りあたり男女平等を勘違いしてる
<<<
 医療措置は「子供と女性」、所謂「女子供」が優先であるのは常識である、という(私もそのとおりだと思う)主張に対して、「男女平等を履き違えている!」と言った「反論」。いちいち相手にするのもバカらしいですが、ここで終わらせると本題に入れないので敢えて指摘しておくと、こういう場合の「女子供」というのは、文字通りの意味、すなわち、生物学的に女性である人間や年少者のことを指すのではないことは明らかです。まともな人物の書いた文章であれば、こういう文脈における「女子供」という言葉が真に指す意味は、「弱者」です。「女子供」というのは、弱者のことを指す言葉です。

 にもかかわらず、字面どおりの解釈をし「反論」を試みたコメ欄の中の人。この展開に象徴されていると思うのですが、最近の日本人の会話において、代名詞や比喩表現の登場頻度が減少してき、次第に通用しなくなってきていないでしょうか。

 たとえば、「労働教」。労働教徒の「戒律」には、「汗を流して働く」と言うものがあると思います。「汗を流して働く」というのは、私はこれも喩えの表現だと解釈しています。すなわち、「何かを得るためには、それ相応の努力しなければならない」ということを指すのではないかと。そして、「努力」には、当然「楽をするための努力」、すなわち「発明」も含まれるはずです。

 しかし労働教はどうか。本当に汗を流す「努力」を要求していないだろうか。楽志向の発明的努力を軽視していないだろうか。「汗を流して働く」という言葉を字面どおり受け取っていないだろうか。これが喩えの表現であることに気がついているだろうか。正直、かなり怪しいと思います。

 喩えの表現が見抜けない、特に、ほぼ定型句であるともいえるような典型的な喩えの表現が分からないと言うのは、昨今、しばしば取り上げられる(そしてバカにされる)「ゆとり脳」に顕著に見られる現象だと思います。その点、以上のような反応を見せる方々は、「ゆとり脳」にかなり近いのではないかと思われます。

 そのような認識の下、労働教の反応について考えると、労働教は基本的にそれなりに社会経験のある人が「入信」しやすい信仰であると世論を分析している限り感じているのですが、「労働教徒=喩え話だと見抜けない=ゆとり脳」とすると、日本人って本質的にゆとり脳な民族なのか、あるいは、「ゆとり教育」が取り入れられる前から日本の教育は、ある意味において「ゆとり教育」だったのかなあと思ったりします。

 そういえば、共和国の対日宣伝(チョソンの声放送とか)における日本語文って、元の朝鮮語に比べるとかなり表現が、よく言えば分かりやすい、悪く言えば幼稚なんですよね。(「朝鮮労働党 万歳!」を運営なさっているvchangunソンセンニムの記事参照:h ttp://wsdprk.exblog.jp/4900562/)

 「いくら自国語にもある語彙だからといって、あいつらにこんな難しい表現は理解できねーよ」と馬鹿にされている現実。そうだ 勉強、しよう。
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2009年11月11日

感情屋対策の技術

 先日の記事のコメ欄で、amanoiwatoさんからご紹介いただいた報道記事について。
http://news.ameba.jp/domestic/2009/11/49160.html
>>> 34歳婚活詐欺女 顔と実名を出さない理由を聞いた
11月04日 01時03分

 最近ワイドショーの話題を席巻した感のある「34歳婚活詐欺セレブ生活女」と周辺男性の不審死事件だが、ごく一部のメディアを除き、実名はまったく出てこない。顔写真に関しては、東京スポーツが一面で高校時代の写真をドーンと出したことはあったが、ほとんどはモザイク付きだ。

 通常、容疑者であれば顔出し&実名報道をするものだがメディアは一様に「34歳の女」と横並びになっている。詐欺容疑で逮捕されているわけだから、その段階で出しても良いのでは? とも思うのでそこを雑誌記者に聞いてみた。

「今回の件では、男性の不審死事件をセットで報じていることが問題なのです」

 その心は何か? もし、不審死の件がシロだったら、結果的に詐欺罪だけの容疑者をあたかも殺人罪の容疑者と連想させるように報じたこととなる。それは人権侵害になるし、将来的な訴訟に繋がりかねないというのだ。それを避けるために、殺人容疑で逮捕されるまでは顔と実名を出さないことにしたのだという。
<<<
 なんというかその、色々訳が分からない論理を駆使している一方で、とても分かりやすい論理でもあるという面白い記事ですね。

 どのように「訳が分からない」のか。それは第4段落(最終段落)です。「殺人容疑についてシロだったら人権問題」だそうですが、「それをいうなら、詐欺容疑だってシロだったら人権問題になるだろうよ」と突っ込まざるを得ません。同じ土俵の問題を別に扱っている点において、「訳が分からない」理論です。

 では、どのように「とても分かりやすい」のか。それは、彼らの思考回路においては「逮捕(容疑者段階)=真犯人」という図式があるがゆえに、既に逮捕されている詐欺容疑については、容疑は真実であるという風に判断している、というのが手に取るように分かる点においてです。


 さて、前回の記事において私は、昨今の「世論」は、当事者への「共感」を標榜しながらも実際には「置き換え」しているに過ぎないと書きました。しかし、それに対する価値判断は、私は前回の記事では付け加えませんでした。

 当事者の思考回路を使用し、その生の声を汲んだ上で価値判断するのか、それとも当事者の境遇に自身を置き換え、自身の思考回路のみを以って価値判断するのが良いのか。

 後者、すなわち単純な「置き換え」は、楽といえば楽です。しかし、これは、このように、思考回路が異なる人の言い分を正確に汲み取れず、結局どこかで「訳わかんない」に到達してしまいます。

 その結果「世論」は、ちょっと理解できない展開になるとすぐに思考を放棄してしまいます。たとえば精神的に「普通の人」(多数派の状態を「普通」であるとさせていただきます)とはちょっと異なる状態にある人の行為に対しては、「理解不能」であるとしてすぐに放り投げてしまっています。これは、彼らが単純な「置き換え」しかしていないからです。

 思考放棄は何の役にも立ちません。彼らが「おかしい人」としている人は、確かに自分基準で行けば「おかしい」ですが、当人にして見れば、自身の思考回路における思考の結果、導き出された「合理的」結論に基づき行動しているに過ぎません。本人は自己の思考と行動はおかしいとは思っていないのではないでしょうか。

 そう考えると、単に自己の信奉する思考回路のみを以って思考し、または、自己の思考回路とは別の思考回路を持つ人に対して、ただ自己の思考回路によって導き出される結論のみを繰り返したり、あるいは、その論理体系をただ押し付けることは、余り意味の無いことではないでしょうか。


 当ブログでは以前より、所謂「感情屋」の皆様の言い分の分析を通して、思考回路に迫ってきたつもりであります。感情屋については、呼称はさておき、少なくない方々においてその動向を注視しているものと存じます。そして、時には反論を試みている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 感情屋に対抗することの意義は大きいです。感情屋はアホですが、不幸なことに彼らも主権者であり、等しく1票を持っています。その結論が彼らの1票に託されるのは脅威以外の何者でもありません。しかし、対抗の仕方は果たして妥当でしょうか。私は疑問に感じざるを得ないことが少なくありません。

 たとえばそのひとつとして、感情屋に法律の説教をすることが挙げられます。「刑法何条には何々が定められていて、それはすなわち、構成要件に何々を要求していて、、、だからその言説は間違っている」といった類です。

 感情屋の特徴として、彼らの判断の基準はただ自分の感覚だけであれるという点が挙げられます。すなわち、彼らの思考回路は、現行法の結論の意義を認めていません。「知らない」んじゃなくて「意義を認めていない」んです(いやまあ本当に知らないかもしれませんけど、「法律でこうなってます」で彼らが引き下がると思いますか?)。

 ある思考回路によって導き出される結論、あるいは、その回路体系そのものに対して、それとは異なる思考回路によって導き出される結論、あるいは、その回路体系そのものをぶつけることの無意味さは既に述べました。つまり、感情屋に対して「刑法何条は〜」と言ったところで大した意味はもたないのです。

 その点を考えると、昨今の「感情屋への対抗」は些か実効性にかけるものも少なくなく、今一度、戦略を練り直さねばならないのではないかと思います。

 ではどうするべきか。私としては、以前より「実利優先」という立場を取っています。なぜならば、「実利」というのは比較的、多くの人が認める結論に対する価値観であるからです。先に「異なる思考回路によって導かれる異なる結論どうしの衝突は、思考回路が異なる以上は無意味」としましたが、逆に言えば、「一致する思考回路によって導かれる異なる結論は、思考回路が一致する以上は有効の可能性がある」のです。まあ「可能性」ですけど。

 実例で考えて見ましょう。ずばり、現在の法体系と感情屋的法体系はどちらが優れているでしょうか。これも思考回路のかかわる価値判断ではありますが、少なくとも、感情屋的法体系では今のような、無辜の民の安全が高度に保障された社会は成立しえません。あれを全面的に導入した日には、冤罪の山でしょう。

 ところで、彼らが「犯罪」をやたらに憎むのは何故でしょうか。それは、もちろん骨にしみた単純勧善懲悪趣味というのもあるでしょうが、自分を含めた無辜の民の社会に対して歯向かい、その安全を損ねた人物に対する怒りではないのか。そう、彼らも「無辜の民の安全が高度に保障された社会」の意義を認める思考回路はしているのです。

 結局、感情屋の欲求を実現するにはどうするべきか。既述のとおり、彼らも認める「無辜の民の安全が高度に保障された社会」の実現のためには、彼らのいうがままの法体系よりも現行法体系のほうが、より優れていると言えるでしょう(これはすなわち、彼らは自分たちの欲求を結果的にはより効果的に守っている法体系に対して、そのシステムホール(どのシステムにだって欠陥があることは不思議ではありません。システムを作る人間が完全ではない以上は)のみを以って、全体を否定的に扱っていると言えます)。

 このようにすれば、無意味な思考回路対立を経ることなく、相手にも理解されるのではないでしょうか。相手の思考回路を辿る。感情屋との対抗においては重要です。

 相手の思考回路を辿ると言えば、その論理の矛盾を突くのも良いかもしれません。結局、感情屋の論理というのは感情に任せたものに過ぎないことが多く、緻密性においては現行法体系に及びません。よって、回路の内部でさえも各要素が互いに矛盾しているということがありえます。

 その矛盾をつく。そうすれば、自己の論理に対して点検を試みる人も出るかもしれない。すると、感情任せて熱くなっていたときには、感情が高ぶっていたからこそ気がつかなかった論理の飛躍に気がつくかもしれない。もちろん、それでも気がつかない人もいるかもしれないけど。

 このように、「感情屋への対抗はその思考回路にへの対抗である」という認識の下、思考回路に重きを置くことをお勧めいたします。

 ちなみに、相手の思考回路を使用して、むしろ自分の結論の正当性を主張するというのは、嫌味っぽく聞こえることがあり、不快な思いをさせることがあるので、くれぐれも表現には注意してください。

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2009年11月08日

「共感」か「置き換え」か

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091105-00000112-jij-int
>>> 今年のボーナス、4割増=米ウォール街−メディア報道
11月5日15時50分配信 時事通信

 【ニューヨーク時事】ウォール街(米金融街)の今年のボーナスが平均で前年比4割増加する見通しであることが、米コンサルタント会社の調査で明らかになった。米メディアが5日報じたもので、公的資金で救済された金融機関の従業員が高額報酬を受け取ることに国民の不満が一段と高まる可能性がある。
 部門別で昇給率が最も大きいのは債券売買部門で、50〜60%増。次いで株式売買部門が40〜50%増など。一方、商業銀行部門は5〜10%減、買収・合併(M&A)部門は10〜15%減と落ち込む見通し。
 ただ、金融危機の影響でボーナスは昨年、大きく落ち込んだため、今年の支給額は2006年や07年の「バブル期」には及ばないとしている。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091106-00000297-reu-int
>>> NYで大手金融機関にワクチン優先接種か、波紋広がる
11月6日16時11分配信 ロイター

 [ニューヨーク 5日 ロイター] 米ニューヨークで大手金融機関の従業員が雇用主を通じて新型インフルエンザ(H1N1型)ワクチン接種を受けたと報道されたことを受けて、ニューヨーク市保健当局は5日、対応に追われた。
 複数の米下院議員が同保健当局に対し説明を求め、米疾病対策センター(CDC)は州や市など各自治体に、ワクチン接種の優先順位を再度確認するよう要請した。
 ニューヨーク市保健当局のスポークスマン、ジェシカ・スカペロッティ氏は電話インタビューで、同市は約1100カ所に80万人分のワクチンを配布、米ゴールドマンサックス<GS.N>からは5300人分のリクエストがあったが200人分を配布したと述べた。
 同スポークスマンによると、同市の大規模雇用者25企業や団体のうち16カ所にワクチンが配布された。コロンビア大学や米シティグループ<C.N>もこれらに含まれるという。
 また、米モルガンスタンレー<MS.N>のスポークスマンは、ニューヨーク市内のオフィス用に500人分、郊外のウエストチェスター・オフィス向けに500人分を受け取ったと明らかにした。
 CDCの推計によると、米国の新型インフルエンザ感染者は500万人以上。1000人が死亡したと報告されている。
 新型インフルエンザワクチン不足から、各自治体の保健当局は12月から来年1月まで需要に追いつかないとしており、ワクチンにかかわる問題に神経をすり減らす状態が続いている。
<<<
 ウォール街に絡む2つの記事。先の金融危機以来、ことあるごとにウォール街は「悪の象徴」として扱われていますが、今回も例に漏れず、コメ欄は基本的に非難一色です。

 前者、すなわち、ウォール街労働者のボーナスについては、まず「ウォール街」と一括りにすること自体が、注入された公的資金を返済したところもあり無茶であります。私としては、返済したところであれば、そして、金融システムを破壊しない限りであれば、別に報酬が高額になっても良いのではないかと思うのですが、そうではないようです。

 後者についても、コメ欄(以下)にもありますが、もし非難したいのであれば、その対象は被供給者たるウォール街の中の人ではなく、むしろ供給者たる保健当局の側ではないかと思うのですが、まあ気に入らない人物が生活保護などの社会保障政策の恩恵を受けている場合、与益者たる役所よりも受益者本人のほうを熱心に叩く日本人としては、特に疑問も感じないのかもしれません。
>>> アメリカでのワクチン接種の方針や状況がよくわからないのですが
これは金融機関が批判されるべき話なのでしょうか?

金融機関からの接種希望があっても保険当局が却下すれば良いだけですよね?
優先対象でない者に供給したのなら供給した方のミスだと思うのですが。
希望者は申請せよと言われたら申請はすると思いますよ。
実際にいつ順番が来るかわかんないけど。
お金持ちっぽい人や企業を批判したい気持ちは解らんでもないですが、
アメリカでの報道は行政側のミスとして報道してるのではと...

先手を打ってリスクに備えない金融機関ってのも、それはそれで
信用できないのではないですかね。
<<<
 ちなみに、上記に対する「反論」は以下。
>>> 確かに貴方の意見にも一理ありますが、現状では彼らが金融危機の引き金となり、ボーナスについての対応も不十分であったといわざる得ないでしょう。
この状況下では、慎重に慎重を重ねた行動が求められていたのではないでしょうか?
とすれば、金で優先順位を乱したともとられかねない行動は自粛すべきであり、本件で金融機関が責められるのは致し方ないことであると思います。

現地の報道については、CNNとかTimesに目を通せば良いのでしょうが、
残念ながら自分には無理。能力的にね。
誤った事をいいたくはないので。
<<<
 「李下に冠を正さず」と言いたいのでしょうか? うーん、まあ分からんでもないのですが、いくら「李下に冠を正さず」と言えども、良く考えれば見当違いの批判であるとすれば、ただではすまないでしょうね。そういう意味では、「慎重に慎重を重ねた行動が求められてい」るのは何もウォール街の中の人のみならず、コメ欄の中の人もそうなんですが、その辺にお気づきにならないか、いつもの調子で断定的にモノを語るコメ欄の皆様でございます。

 おまけにこれも貼っておきましょう。「ウォール街vsその他」という(アホらしいけど御馴染みの)二元論的に言えば、「ウォール街側」になる、ニューヨーク市の衛生当局の声明を含む報道記事。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2660946/4792109
>>> 新型ワクチン、ウォール街に配布の報に大非難 米国
2009年11月07日 18:58 発信地:ニューヨーク/米国

【11月7日 AFP】米国内で5日、新型インフルエンザA型(H1N1)に感染すると最も重症化しやすい子どもや妊婦に優先接種されるはずのワクチンが、ニューヨーク・ウォール街(Wall Street)に集まる金融企業に配布されていると報じられ、激しい非難が巻き起こっている。

 ニューヨーク市衛生局によると、米金融大手のシティグループ(Citigroup)、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)はワクチンの供給を申請した。各社は大量の従業員を抱えるうえ、社内に診療所があるため申請資格はある。

■金融危機から積もった怒りが爆発

 しかし、新型インフルエンザのワクチンは現在需要を満たしていないうえ、ウォール街に代表される金融業界に対しては、もともと前年の金融危機が原因で世論の怒りが向けられていた。そこにこの報道で、批判は一気にあおられた。

 組合員に米国最多の医療産業従事者を抱えるSEIU(サービス従業員国際労働組合)のアンナ・バーガー(Anna Burger)副書記は、「リスクに接しているアメリカ人が何時間も順番待ちをしたり、門前払いされている状況なのに」、富も力もある民間企業がワクチンを確保しているとは「卑しい」と憤っている。

 コネチカット(Connecticut)州選出のクリス・ドッド(Chris Dodd)上院議員は、キャスリーン・セベリウス(Kathleen Sebelius)厚生長官に書簡を送り、「ワクチン供給が追いついていないときに、医療機関の前に民間企業が優先されることがあるとしたら衝撃だ」と記した。

 一方でニューヨーク市の衛生当局は、事実が誤って伝わっていると反論している。市衛生局広報担当のジェシカ・スカペロティ(Jessica Scaperotti)氏は、同市では金融機関と二つの大学への配布を許可しており、それはそうした機関には内部に診療所があるうえ、現在ワクチン供給量は十分だからだと説明した。

 また、そうした機関でも従業員ならば無条件に接種を受けられるわけではなく、妊婦や患者に接する医療従事者、慢性疾患を抱える人など公式に高リスクに分類されている人が対象だと述べた。「病院関係者にせよ医療サービス機関の職員にせよ、新型ワクチンの申請者には、リスク・グループに入る人にしか接種をしない点に合意してもらっている。批判している人たちはその点を見逃している」

 これまでに各金融機関が注文したワクチンは、シティグループが2200回分を申請して受け取ったのが1200回分、ゴールドマン・サックスが5400回分の申請に対し200回分、モルガン・スタンレーが1500回分を申請したままなにも受け取っていない、となっている。(c)AFP/Sebastian Smith
<<<

 それはさておき本題。今回取り上げた記事は、どれもこれもアメリカの話であり、別にアメリカ人がどうなろうと、アメリカの税金が如何使われようと、日本に住んでいる限りにおいては、もちろん、世界最強の経済国であるアメリカの経済動静が日本に無関係であることはありえないわけで、今回の一連の動きだってどこかで日本経済に影響を及ぼすわけですが、通常コメ欄の人たちが何よりも重視する「感情的な損害」(税金が浪費された感とか)に視点をあわせるならば、その「損害」はほぼ皆無に等しいはずです。

 にもかかわらず、コメ欄の中の人たちは随分とご不満のご様子。この展開については、あるいは、「他国の話なのにここまで熱くなれるってのは、『共感』している証拠であり、その意味においては良いことなのではないか」という御意見もあるかもしれません。まあそうであってくれれば良いんですが、残念ながら彼らが「共感」の名の下で実際やっているのは、往々にして「共感」ではなく「置き換え」、すなわち、事件当事者の思考回路をたどることによる結論付けではなく、事件に対する自分の思考回路による結論なんですよね。それはたとえば、チュチェ97年8月6日づけ「河野澄子さんを政治利用する死刑推進派」における死刑推進派の「被害者・遺族のために!」を筆頭とする、被害者・遺族の言っていないことを「代弁」する方々なんですよね。本件だって、「能力的に無理」と言っているように、当のアメリカの納税者の声を汲み取った上でのウォール街批判ではないですし。

 「全ては自分の感情基準」と言う点において、主に刑事裁判の「世論」において見られ、「感情屋」と暫定的に命名させていただいている方々は、かなりあちこちにお住まいでいらっしゃるようです。

 、、、何か最近「感情屋」の定義が大きくなりすぎてきたような気がするなー そろそろ再定義しないと、ただのレッテル貼りに終始しそう。

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2009年11月07日

レイシズムと感情屋的要素

 先週の、在特会の「朝鮮大学校フレンドシップ体験ツアー」について、放蕩息子さんのヲチ記録が公開されました。以下。

h ttp://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20091107

 全体的に感じるところは、「思ったよりくだらないなあ」といったところか。「「プゲラwww」と失笑気味な声が漏れるぐらいで、マジレスしてもらえない有様である。嗤われるだけで相手にすらされてない。」と放蕩息子さんは書いていらっしゃるけど、こりゃなんかある意味、かわいそうな扱いですらあります。

 でもまあ、記事中に紹介されている最初の動画(駅前でのアジ様子を捉えた2分58秒のやつ)において「私たちは何も朝鮮人すべてを否定するのではない」と言いながらも、別の時には「朝鮮人が〜」とか言っているようじゃ、たしかにまあ、マジレスされないのも仕方ないかもしれません。何がしたいのか、何が言いたいのかからしていまいち分からないのは致命的です。(参加者の「報告」によると、「北朝鮮に帰ってもいい、誰も引き止めないのに何故帰らないのか聞きに来た」そうですが、参加者以外の人間が、報告を読んで初めて目的が分かるようじゃ「国民運動」として問題アリなんじゃ。。。)

 しかし敢えてまともに取り合えば、「それをチョソン大学校に言ってどうする」という発言が何度か見られたことについて。拉致だとかなんだとかそういうのに対する不満を持つことは結構ですが、それを総連本部に送りつけるならまだしも、チョソン大学校に言ってどうするんだと。

 『ウリハッキョ』という記録映画があることは、皆様もご存知かと思います。そのなかで、祖国訪問を終えた朝高生が船で新潟港に到着したとき、港の荷降し場みたいなところで、拉致問題関係の団体の抗議活動に遭遇するというシーンがあります。

 拉致問題に関して共和国政府に抗議をすること、それは大変結構なことです。しかし、それを朝高の生徒が乗った船にしてどうするんだと。アレだけいつも「北朝鮮は独裁国家!」とか言っておきながら、その「独裁国家」の権力構造においては末端の末端に位置する在日の少年少女に抗議したところで、彼らだって「そんなこと言われても困る」と言わざるを得ないでしょう。それと同じことがまたも起きたのです。

 先日も同じようなことを書きましたが、やはりこれは、「各拡大レベル」間の連続性が断絶しているんでしょうかね。つまり、「共和国の権力構造における党幹部と在日朝鮮人それぞれの立ち位置」という「拡大レベル」におけるキャラクター設定と「日本籍者と朝鮮籍者」という「拡大レベル」におけるキャラクター設定との連続性が途切れている。

 また、朝鮮籍の人物による不法行為について言及しているところがありますが、それだってチョソン大学校やそこに集まる人たちに言っても余り意味は無いような。「その辺をどうにかするのに、彼らの同胞社会としても協力してほしい」と言うのならまだしも、ああいうのは全く意味を成さない行為です。

 この辺の「断絶」や「抗議の方向・方法違い」に気がつかないのは、連中がもはや感情に身を任せているからでしょうか。


 ところで、本件については、金英日ソンセンニムのところでも取り上げられています。

h ttp://qrz.blog17.fc2.com/blog-entry-1964.html

 入り口での在特会入校拒否のシーンの動画について、「入れてあげてもいいんじゃないのか」と仰っています。(※金英日ソンセンニムのご意見は、ブログ記事中の表現だけでは反感を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、そういう方は是非、ソンセンニムのコメ欄での見解もご覧いただきたい)

 まあそりゃ落ち着いて考えてゆけば、特に拒否する理由も無いかもしれません。一応、どれほど本気なのかは分からないけど、大声出したりはしない、みたいなこと言っていますし。いくら在特会の普段の行いがクズでも、実際にクズなことをやらない限りは、「普段の行い」を引っ張りだすのはどうかと私は思います。というか、敢えてここは入れてやったほうが良かったかもしれません。たぶん連中、入れてもらえないのを見越して色々とセリフを用意してきただろうから、ここで予想外の入校許可を出せば、連中の「正体」が見られたかもしれません(そういう意味では残念だったかも)。

 しかし、世の中、「落ち着いた考え」だけではなかなか上手くいかないんですよね。感情の力は手ごわいです。日々、「感情屋」の相手をするブログを運営していると本当に痛感します。

 その辺を踏まえたうえで、いかに意見の異なる相手と付き合ってゆくか。付き合わないにしても、ではどうやってお引取り願うか。私も試行錯誤を繰り返していますが、なかなかこれといったものが見つかりません。しかし、この課題を回避することはできません。

 そう考えると、色々とごっちゃにして勝手に不満を増幅させ、あまつさえ変な方向に抗議している在特会が感情屋的要素を多分に持っている(刑事事件の「世論」において見られる感情屋の憎悪形成過程と、在特会の在日コリアンに対する憎悪形成過程って結構似ているような気がします)のは今更言うまでも無いことですが、対するチョソン大学校もまた、感情屋的要素を持っていると考えざるを得ません。在特会と同じレベルに落ち込んでいるチョソン大学校の現状は、実に残念でなりません。


 そして、こういう感情屋的要素が、民族の問題がかかわる場面において顕れると、ちょうど金正日同志が2002年2月に発表なさった「民族主義にたいする正しい認識をもつために」において厳しく批判なさった「ブルジョア民族主義」の温床になると。「ブルジョア民族主義」というのは聞き覚えの無い語句かと思いますが、まあ「レイシズム」とは厳密には一致しないかもしれませんが、それほど大差の無い語句だと思っていただいてここでは良いと思います。国際主義無き民族主義は害毒以外の何者でもありません。

 レイシズム(ブルジョア民族主義)の害毒性を深く認識し、その温床である、自己の中にある感情屋的要素を徹底的に排除しなければなりません。
posted by s19171107 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

犯罪に対する日本社会の関心の程度と公訴時効存廃問題

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009110500037
>>> 容疑者目撃「なぜ誰も言わない」=リンゼイさん両親が怒り

 英国籍の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさんの殺人死体遺棄事件で、指名手配中の市橋達也容疑者(30)とみられる男が整形手術を受けていたと報道されたことについて、リンゼイさんの両親は「うちひしがれている。若い男が病院に行き、医師に容姿を変えるよう求めたのに、なぜ誰も何も言わなかったのか」と社会の無関心さに憤りをあらわにした。英紙デーリー・テレグラフ(電子版)が4日、報じた。

 母親のジュリアさんは同紙に「どこに住んでいるのか、整形手術の費用はどうやって手に入れたのか、多くの疑問がわく」と指摘した上で、「最も腹立たしいのは容疑者が目撃されているのに誰も何もしてくれなかったこと。メディアで報じられ、警察はいつも後手に回っているようだ」と批判した。(2009/11/05-01:24)
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 犯罪に対する日本社会の無関心さに対してお怒りの遺族。「なぜ誰も何も言わなかったのか」というのはもっともな疑問ですが、私としては、これがこそが日本社会の現実であると言わざるを得ないと思います。

 本件に限らずそうですが、基本的に日本社会においては、あらゆる物事が、何か動きがあるときだけ報じられ、報じられたときだけ社会的な関心が高まり、それ以外の時には、まるで無かったかのように扱われます。たとえば刑事事件では、本件のように動きがあったり、あるいは時効寸前になるといったふうに、報じるキッカケが無い限り報じられることはないし、であるからこそ社会的な関心は高まらず、情報提供は殆ど無いに等しい状態が続きます(本件の場合は整形手術という、情報提供が下火になる致し方ない事情はあるものの、手術時節を含めて考えると、やはり「社会的関心」を問題視せざるを得ません。ネカフェとか使っていたんでしょ? あるいは、整形術師にしても、プライバシーの関係から身元を余り確認できないのはそのとおりだろうけど、職業柄、もう少し意識的であるべきじゃないの?)。あるいは、拉致事件にしても、その問題は停滞したままですが、報じるべき新しい情報が無いので、よって報じられることはなく、それゆえ社会的な関心も下火になっています。これが現実です。

 このような日本社会の現実をかんがみると、引用記事から話はちょっと反れますが、公訴時効存廃問題について考えざるを得なくなります。すなわち、今年は数カ月おきに、公訴時効存廃問題が数日間にわたって取りざたされるということが何度かありました。私見では、懲悪vs冤罪の蓋然性の問題、というのが主要な論点であるのではないかと認識しておりますが、私としては、(この対立構図についてももちろん見解はあるのですが、敢えてここでは別の視点に立つと)たとえ公訴時効を廃止したとしても、日本人のこの無関心さというか、新しい情報がなければ報じないし、報じられなければ誰も何もしないという習性がある限り、それほど意味のあることなのだろうか、むしろ、公訴時効が成立したからこそ自ら名乗り出るという、稀有ではあるものの時折ある「真相判明」が、いよいよ無くなってしまうのではないかという懸念があります。もちろん、「だから公訴時効は存続すべきだ!」とは短絡的にはいいませんけど。(←短絡的で感情的な人対策)

 さて、ここ数日、四六時中報じられている本件は、1日あるかないかくらいで211件の情報提供があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091106-00000226-jij-soci
>>> 市橋容疑者の情報提供211件=整形後の写真公開後で−英女性死体遺棄・千葉県警
11月6日20時49分配信 時事通信

 千葉県で起きた英国籍の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=の殺人死体遺棄事件で、死体遺棄容疑で指名手配されている市橋達也容疑者(30)の整形後の写真を公開してから6日正午までに、県警行徳署捜査本部に情報提供の電話が211件寄せられたことが分かった。ただ同容疑者逮捕につながるような情報はないといい、県警は引き続き情報提供を呼び掛けている。

 捜査本部によると、情報提供は全国各地から寄せられており、特に同容疑者が10月下旬に鼻の整形手術を受けた愛知県と、東京都が多いという。10月31日に寄せられた情報はわずか3件で、同容疑者について報じられた後は件数が急増しているという。

最終更新:11月6日21時48分
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 もし数日以内につかまらず、よって報じるネタが尽きてしまった場合、果たして本件は、今後どのように報じられるのか。そして、日本社会は本件に対して関心を持ち続けられるのか。本件は、公訴時効存廃問題を考える上でも注目すべき未解決事件です。

 「犯罪者」を「のうのうと生活させている」のは、警察が怠慢であるというよりは、社会が無関心であるからです。(しかしそれにしても整形、すなわち他人に、全国に指名手配されている自分の顔をじーっと見させるということを良くやったもんだなぁ)

関連記事一覧
http://www.geocities.jp/s19171107/DIARY/BLOGINDEX/saiban.html
posted by s19171107 at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

進歩していない

 ちょっと前の話になりますが、去る10月21日から宇都宮地裁で、足利事件の再審が始まりました。足利事件は、無実の人間が18年近くにわたって「拉致監禁」された件であるため、警察・検察・裁判所に対する激しい批判がメディア報道あるいは世論において巻き起こり、捜査手法や裁判の実際についてさまざまな意見が交わされました。

 たしかに、捜査手法や裁判の実際について反省すべきところは多くあり、その点、メディア報道や世論の視点は間違ってはいません。しかし、メディアもメディアで菅家氏を犯人視する報道(特に読売新聞がひどかった)をしていましたし、世論だって、たとえば「そんな人だとは思わなかった」というような「近所の住民の声」が紙面に掲載されたように、菅家氏を犯人であると決め付けていました。にもかかわらず、メディアも世論も、自己の過去については殆ど省みることはありません。そして、同じようなこと、いや、それよりも低質な報道が繰り返されています。たとえば、以下。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091101-00000034-sph-soci
>>> 婚活詐欺女、中学時代から援交か 地元住民の話で浮上
11月1日8時1分配信 スポーツ報知

 埼玉県警に詐欺容疑などで逮捕された後、知人男性の相次ぐ不審死が発覚している女(34)について、中学校時代の“援交疑惑”が判明した。出身地の北海道別海町の住民の話で浮上したもので、成人男性との交際で多額の収入を得ていたとみられ、中学生ながら財布には1万円札の束が入っていたこともあったという。

 独身男性に結婚をちらつかせて金を詐取していたとされる女だが、その兆しは中学時代にあったようだ。

 地元住民の話を総合すると、別海町内の中学校に通っていた女は、成人男性と交際をする見返りに金銭を受け取る、いわゆる“援助交際”を行っていた疑惑が浮上した。性行為があったかどうかは不明だが、複数の男性から報酬を受け取っていたようで、1万円札の束が入った財布をクラスメートに見せたこともあったという。

 事実を知った中学校側は、何度も繰り返し援交をやめるよう注意。しかし、女は聞き入れることはなかったようだ。住民の中には「小学校高学年から大人の男性と一緒に歩いていた」と話す人もいる。

 中学生で大人の男性と交際していた女だが、性格は他人との交流に積極的だったわけではなかった。「あいさつはちゃんとするんだけど、いつも目と目は合わさない子だった」(住民)。外見にもあまり気は使わず、髪の毛はフケでいっぱいだったという。

 援助交際は、1990年代中盤に携帯電話や出会い系サイトで爆発的に広まったが、女の場合はインターネットも携帯電話も一般化していない80年代後半の話。「援交」という言葉すらなかった。

 また、複数の住民の証言によると、5年ほど前に羅臼町のガケから車で転落して自殺したとされる父親は、死亡する5〜6年前から母親と別居していたという。あまり近所付き合いを好むタイプではなかったようで、朝から独りでパイプをくわえている姿が、何度も目撃されている。

 一般企業にも籍を置いていたが、町議会議長を3期務めた祖父の司法書士事務所で仕事を手伝っていた。後継者となることを目指し、何度も司法書士資格の試験に挑戦したが、なかなか合格しなかったという。ある住民は「試験のことがプレッシャーになって自殺したんじゃないかと言われている」と話した。
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 「という」あるいは「ようだ」が多用された、伝聞のみを以って印象・イメージを作り上げる記事。足利事件のときも印象やイメージでモノを語る記事がありましたが、あれは一応「DNA鑑定」という、それなりに信頼性のあるインパクトの裏打ちがありました。しかし今回はどうか。結婚詐欺と援助交際は、性とカネの絡む問題という点では共通するものの、そのほかの点において余り関連性が見られるとは言いがたいと言わざるを得ません。にもかかわらず直結させる本記事。裏打ちも何も無い印象・イメージ作りでしかありません。

 そして、そんなのを真に受け、「疑惑」のひとつとして取り上げるコメ欄。ネット世論と現実世論のズレの補正が必要ですが、二者はそれほどズレてもいないと思います。
>>> 2009年11月1日 8時10分sho*****さん

私もそう思う10,282点 私はそう思わない247点

これだけ疑惑がありゃあ十分実名報道出来るだろ。
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 「印象やイメージで物事を判断するな」とは、求めたところでいきなり達成できるわけないので、もう言いません。そこまで求めるのは酷です。しかしそのかわりに、もうちょいマトモなソースで印象・イメージを作ってくれませんか。妄想を元に妄想を繰り広げられちゃかないません。せめて、現実を元に妄想してください。
posted by s19171107 at 22:04| Comment(3) | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

「機械的平等・公平指向」

 先日、電車の中で聞いた話。何なのか良く分からなかったのですが、何かの予約をするための「新しいサービス」が始まったそうで、その新サービスを利用して予約すると、新サービスを使わないで予約したときよりも若干、料金が安くなるというキャンペーンをやっているそうです。人間の合理的経済活動志向を利用した誘導策として、企業のみならず、政府も良くやる手段です。

 私なんかは、もちろんその「新サービス」の加入要件が厳しく、加入できない人が通念上、許容範囲を超えているのならば話は別ですが、申請すれば誰でも加入できるようなものであるならば、そういう料金差を以ってしての新サービス加入誘導を図ることは別に何とも思わないのですが、その話をしていた方々は、「誰か割引されると言うことは誰か損をしているということだから、それは問題だ!」と話しておられました。

 さて、昨今の日本社会では、たとえば「天下り」が、(より本質的な問題である「政官財癒着」以上に)「特権」として問題とされているように、特定の人物・集団の、権力から保護された利益を「特権」として否定する風潮が強く感じられます。しかしながら、その「特権」というのは、なければそりゃまあスリムにはなりますが、かといって存続したところで国民生活にそれほど大きな悪影響はない、今までどおりの状態、すなわち、多少生活は厳しくなり支出削減が必要ではあるが、それでも未だに「派遣労働者の首切りは自己責任!」と呑気に叩いていられるくらいの状態が、今までどおり続くという程度のものであることが少なくありません。

 にもかかわらず、日本社会は目下、「特権」に対して血眼になって叩いています。なぜそこまで?

 私としては、今回立ち聞きした「誰か割引されると言うことは誰か損をしているということだから、それは問題だ!」というような思考回路、すなわち、全ての人に対する機械的な平等・公平を求める思考が、「特定の人物・集団に対する特別な利益」を叩くに至らせているのではないかと仮定します。

 今回は仮説提起にとどめ、今後、資料(新聞世論調査とかを集めればいいのかな?)を使って検証してゆこうと思います。本当は今日、資料を使って検証までしておきたかったのですが、ちょっと時間が無くて。。。資料を集める時間的余裕が生まれるまでに問題意識&仮定を忘れてしまいそうなので、メモしておきます。
posted by s19171107 at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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