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2010年03月18日

政権交代によって「変わったこと」と「変わらなかったこと」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100317-00000101-jij-soci
>>>> 「非正規」男性、結婚に困難=子どもの有無も「正規」と開き−厚労省
3月17日16時27分配信 時事通信

 2008年までの6年間に結婚した独身男性の割合は、正規社員より非正規社員で低く、約1.8倍の差があることが17日、厚生労働省が公表した「21世紀成年者縦断調査」で分かった。
 子どもを持った割合も約2.6倍の開きがあり、雇用形態の違いが結婚や出産に与える影響の大きさが改めて浮き彫りとなった。
 同省は少子化対策の一環で、02年10月末時点で20〜34歳だった男女を追跡調査しており、今回が7回目。
 02年の調査時に独身だった男性約4000人のうち、6年間で結婚したのは正規社員が32.2%だったのに対し、非正規17.2%。子どもが生まれたのはそれぞれ12.8%、4.8%だった。
 結婚の割合は収入に比例して高まる傾向があり、年収400万円台の男性は26%だが、100万円未満では8.9%にとどまっている。
 また、子どもを持つ意欲と出生の関連では、夫婦ともに望んでいた家庭の68.3%で子どもが誕生。両者とも「欲しくない」としたケースでは5.5%だった。
 子どもが生まれた割合は、夫だけが望んだ場合は24.1%。妻だけだと11.6%で、夫の意向に左右される傾向が見られた。
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 随分前から語られていた話だったと思うんですが、まあまさに「改めて浮き彫りとなった」んですね。

 この話題に対する「世論」は、かつては「非正規雇用を選んだお前が悪い」といったふうな、所謂「自己責任」論に基づく言説が多かったと記憶しています。特に自民党政権が有効な対策を打てず末期症状を見せるようになってからは「自己責任」論は一層、あらゆる場面において吹き荒れるようになったような覚えがあったりなかったり。

 自民党政権は崩壊し、かわって民主党政権が成立しました。最近余りニュースを細かく見ていないので、もしかしたら違うかも知れませんが、今回が、民主党政権成立以降初の非正規雇用男性労働者の結婚事情についての報道ではないでしょうか。

 そのような状況下における本記事に対する「世論」はどういうことになっているでしょうか? 以下、例によってコメ欄を見てまいります。
>>> 2010年3月17日 16時31分nas*****さん
私もそう思う12,921点 私はそう思わない617点

すごく当たり前の結果でしょう。
数字が逆だったら心配する必要あり。

要は非正規社員や派遣社員を容認した法規を見直す必要があるってことでしょう。
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>>> 2010年3月17日 16時31分nij*****さん
私もそう思う11,157点 私はそう思わない586点

そりゃそうだろ。今更かよ。
役人どもはさっさと馬鹿な現政権に知恵を付けさせてまともな経済対策をさせろよ。
子ども手当てのようなバラマキとか正気とは思えん。
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>>> 2010年3月17日 16時34分shi*****さん
私もそう思う11,070点 私はそう思わない968点

だからぁ、子供手当だとか高校無償化だとかお茶濁しの政策じゃなく、「経済対策」をやれよ!
景気が上向けば、正規社員の雇用も増えるし、少子化問題も解決するんだよ、ボケ!
お前等、本当に、この国を良くしようって気があんの?
まあ、やってる事みれば、とてもそーには思えないがな。
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 現時点で賛同ポイント数が1万ポイント以上のもののみをご紹介しますが、「自己責任」の「じ」の字も無く、むしろかつてならば「甘え」だとか、ひどい場合だと「アカ」呼ばわりすらされる勢いだった「(政府の)経済対策」を求める声が上位を占めています。

 チュチェ98年10月13日づけ「政権交代の思わぬ変化」にて私は、かつてYahoo!ニュースコメ欄にお住まいの「自己責任」論者の皆様が唱えていた「雇用対策」と殆ど変わりない内容の政策案を民主党政権が提案したところ、なぜか彼らは反対に回ったことを書きましたが、今回の一件もまた、その再来なのかもしれません。

 その原因については、「勉強して認識を改めた」ということ(そうであるならば結構なことだと思います)でもない限り、前掲過去ログにおいても触れたように、とにかく民主党政権を批判したくて仕方ない人たちが、自分たちがかつて言ったことを思い出すこともせずに民主党政権を批判できるネタに飛びついたによって生じた事態、「批判のための批判」を最優先したがために起きた事態なのではないかと考えます。「自説に都合が良ければヨタにでも飛びつく」という以前より指摘してきた傾向の亜種だと思います。この点の真偽については、今後も継続して研究してまいります。

 まとめます。本記事のタイトルは『政権交代によって「変わったこと」と「変わらなかったこと」』ですが、そのうち「変わったこと」とは、政権交代によって「自己責任」論一辺倒からは変化が見られるようになった点、「変わらなかったこと」とは、その「変化」をもたらした要因は「相変わらずの習性」だったということです。
posted by s19171107 at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

捕鯨反対派の”論理”レベルに堕ちた捕鯨擁護派

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100311-00000100-jij-int
>>> 鯨肉を違法提供、高級すし店訴追=「コーヴ」スタッフが検察と連携−米加州
3月11日15時46分配信 時事通信

 【ロサンゼルス時事】米ロサンゼルスの連邦検察当局は10日、違法食材の鯨肉を客に提供したとしてロス近郊サンタモニカの高級すし店「ザ・ハンプ」の運営会社と調理人の日系人男性(45)を海洋哺乳(ほにゅう)類保護法違反容疑で訴追した。有罪の場合、調理人に禁固1年と罰金10万ドル(約900万円)、運営会社に同20万ドルがそれぞれ科される可能性がある。

 検察当局は5日に同店を捜索し、証拠書類などを押収。発表によると、絶滅危惧(きぐ)種に指定されているイワシクジラを昨年10月から提供していたという。米国ではクジラやイルカなどの海洋哺乳類の所持、売買が禁じられている。

 発覚の発端は和歌山県太地町のイルカ漁を批判し、先にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲得した映画「ザ・コーヴ」の制作スタッフの調査。情報を基に客を装い食材を持ち帰るなどし、当局と連携して専門家のDNA鑑定を行い、クジラと裏付けられた。
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 久々に捕鯨論争。

 以前にも書きましたが、捕鯨反対派は決して一枚岩の思想で動いているわけではありません。たとえば、観光産業への悪影響を懸念するがゆえに日本の南海調査捕鯨に反対する人もいれば、自己の信念に基づきあらゆる捕鯨活動に反対している人もいます。

 しかしながら、昨今の日本では、おなじみの「敵味方単純二分法」にもとづくキャラクター設定と、これまたおなじみの「インパクト偏重」思考ならびに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」思考があいまって、何かと話題になる「シー・シェパード」型の抗議論理が捕鯨反対派の総意であるかのように認識されています。

 このような認識に基づく日本国内の捕鯨擁護派曰く、「捕鯨・鯨肉食は日本の文化である!」「『捕鯨規制』は文化抑圧である!」「文化の多様性は保障されるべきだ!」「日本は自国の文化を防衛しなければならない!」と。これが何よりも先立って目立つと言ってよいと思います。

 確かに、捕鯨と鯨肉食は古くから日本に伝わっています。もっとも、日本の「伝統」的な捕鯨は「沿岸捕鯨」であり、現行の捕鯨、すなわち、南海に遠征してとっ捕まえてくるのとは違うような気もするんですが、まあ「伝統」なんて、その人が「これは伝統!」といえば伝統になってしまうというのは以前にも書いたとおりなので余り深く突っ込まないことにします。

 また、文化というものは、当地の人間の感覚に基づくところも大きく、「文化の多様性」は当然に保障されなくてはなりません。その点において、ある文化について部外者の感覚のみを以って断じようとすることは、感情屋的「オレ基準」とかなり通じるところがあると言わざるを得ず、かなり乱暴な、「文化抑圧」といわれても仕方ないレベルだと思います。よって私は、「シー・シェパード」型の論理を以ってあらゆる捕鯨活動に反対することを強制せんとする立場に対しては、批判的であります。

 しかし、「捕鯨・鯨肉食は日本の文化である!」というのならば、当然に「クジラを殺さない・食用としない文化」の理解もしなくてはなりません。日本が「捕鯨文化」を盾に全世界に乗り出すのならば、それは同時に非捕鯨国にとっては「文化抑圧」にほかなりません。

 本件は、「クジラを食用としないアメリカ文化」において、鯨肉を食用として供していた寿司店と調理師が、その文化を体現している「海洋哺乳類保護法」によって訴追されたという話、「クジラを食用としないアメリカ文化」が「『鯨肉食』という文化抑圧」に対して、「自己の文化を防衛する」ために動いたという話です。アメリカ側は、日本国内の捕鯨擁護派たちが「捕鯨文化防衛」のために持ち出した論理と全く同様の構造の論理を持ち出したのです。

 完全にブーメランを食らった日本側であり、「確かにアメリカで鯨肉を食用に供するのはダメだよね、アメリカはクジラを食べない国だもんね。」と返すのが筋です。この際、「でも日本の鯨肉食文化に文句つけるなよ」くらい付け加えても良いでしょう。「相手に言い負けたくない」という、先日も書いた「論破を目的とした議論」という姿勢がミエミエですが、あまり最初からハイレベルなことを要求するのは酷ですからね。

 にもかかわらず、実際には以下のようなコメントが出てきています。
>>> 2010年3月11日 15時49分hid*****さん
私もそう思う1,842点 私はそう思わない41点

盗撮映画 人種差別

イルカは頭がいい、牛や豚はそうじゃない、だからイルカやクジラを殺すのは駄目だという理屈、誰が理解できようか。

生きとし生けるものに命の価値の差はないだろ。イルカを食べるのもクジラを食べるのも、そして豚や牛を食べるのも食文化だ。命に差はない。

まぁ命の価値に差をつけるから、日本の文化を見下し揶揄する人種差別を平気で出来るんだろうな。
<<<
>>> 2010年3月11日 15時52分hid*****さん
私もそう思う1,401点 私はそう思わない84点

フランス料理のウサギや、豪州のカンガルーを食べる文化、こっちの方が気持ち悪い。可愛い動物だろ?

人種差別も甚だしい。 追訴された日系人というのも気の毒だ。 日本食、日系人に対する差別だろこれも。
<<<
 前者ならば、「誰が理解できようか」、後者ならば「こっちの方が気持ち悪い」。そう思っている主体はあくまで日本人のあなたであり、当地の文化では、それは容易に理解できるし、気持ち悪くも何ともない当たり前の感覚であるはずです。

 「シー・シェパード」型(=オレ基準のみでの思考、その結果の押し付け・異質なものへの抑圧)の捕鯨反対派に「多様性」を盾に対抗してきた捕鯨擁護派だったのに、いつの間にか自分たちも「シー・シェパード」型の主張をするレベルに堕ちていた。いや、彼らの言っていた「多様性」だって「オレ基準を認めろ」という意味であり、徹頭徹尾「オレ基準」だったのかもしれません。
posted by s19171107 at 23:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

リスクと人間と思想、左翼崩れなわたし

 先日の津波警報に際しては、発表された予想を大きく下回る程度の津波しか来ませんでした。このことについて、警報を発令し、予想を発表した気象庁は謝罪しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100302-00000054-sph-soci
>>> 気象庁が謝罪「津波予測は過大だった」
3月2日8時0分配信 スポーツ報知

 南米チリの大地震(マグニチュード8・8)による日本の津波で、気象庁は1日午前10時15分に、東北太平洋側や高知県に出していた注意報を全面解除した。気象庁地震津波監視課の関田康雄課長は記者会見で、三陸沿岸に大津波警報(予想最大津波3メートル)を出したことなどについて「予測が過大だった」と謝罪した。

 同庁は海外での津波観測データやシミュレーション結果を検討し、三陸の津波を予想。関田課長は「警報が長時間続いて、不便をかけたことをおわびしたい」と述べた。ただ、最悪のケースを想定した結果で「現時点で判断ミスがあったとは考えていない」と強調した。


(以下略) <<<
 これに対して「気象庁擁護論」が出ています。曰く「過小評価より過大評価のほうが良い」「結果的に被害が出なかったから良い」と。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100301-00000587-san-soci
>>> チリ大地震 気象庁擁護論「過少予測の方が問題」
3月1日22時17分配信 産経新聞

 「津波の予測が過大だった」。気象庁は1日、南米チリで発生した巨大地震で日本列島に押し寄せた津波が予測を大幅に下回り、警報も長引いたことを謝罪したが、避難住民や避難勧告を出した自治体からは「むしろ過少な予測の方が大問題」などの擁護論が目立った。ただ、同じような事態が続けば、住民が「今回も大丈夫だろう」と受け流しかねず、予測精度の向上を求める声も多い。

 「予測が過大だと非難しているのは内陸の人たちでは」。津波で店舗が浸水した宮城県気仙沼市の斎藤吉郎さん(54)は、気象庁の津波情報は適切だったとみる。これまでに大小4回の津波を経験している斎藤さんは、気象庁の情報をベースに地元の言いつたえや経験則で判断し、「情報はおおげさなくらいがちょうどいい」というのが率直な感想だ。

 岩手県山田町の団体職員、佐々木生太郎さん(59)は高台の神社に地域の約50人と避難した。佐々木さんによると、町の避難指示が夜遅くまで続くなか、勝手に自宅に帰った人も多かった。「万一のこともあるのだから、指示は守るべきだ」と振り返った。

 宮城県石巻市防災対策課の平松進危機管理官(56)は「避難解除の時間について住民からの苦情はなく、個人的には気象庁の判断は最善だったと思う」と評価した。

 東名高速や国道1号といった幹線道路が一時通行止めとなり、10万世帯以上に避難勧告が出された静岡県では、最大60センチの津波が記録されたものの、大きな被害はなかった。62人が登庁した同県危機管理局の担当者は「最大のリスクに備えるのが行政の役目。過小予測であれば大問題だが、少し大きめに警告してもらうぐらいでいいのでは」。

 約1万5千世帯に避難勧告を出した同県焼津市も同様の見方を示す。「昭和35年のチリ地震の津波では国内で多数の死者が出た。今回の予測は空振りだったとしても被害がなくてよかった。ある程度の注意喚起は必要だ」(市防災課)。

 警報・注意報の解除を受け、住民には安堵(あんど)とともに疲労感も漂った。

 岩手・釜石港近くの自宅で過ごした自営業の女性(68)は「浸水するかもしれないと心配していた。目が覚めたら、警報が解除されていたので安心した」と笑顔。岩手県久慈市内の避難所で一夜を過ごした無職の欠畑キクノさん(80)は「おっかないと思い、すぐ避難所へ向かった。(1日の)朝5時すぎに帰宅したが、疲れた」と話した。

 一方で、気象庁への手厳しい批判もある。静岡市葵区の主婦、大石美帆さん(30)は「警報は大げさだったと思う。実家が海辺なので親族は避難したが、被害はなかった。こういうことが続けば、絶対に避難しなければならない災害時に、(住民が)今回も大丈夫だと決めつけることになりかねない」と予測の精度向上に注文をつけた。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100302-00000041-scn-int
>>> 気象庁による津波警報の謝罪、米専門家は擁護
3月2日12時32分配信 サーチナ

 気象庁の関田康雄・地震津波監視課長は1日午前、17年ぶりに発令された大津波警報が過大であったと謝罪し、今後の改善を表明した。

 気象庁は先月28日午前、日本沿岸に最大3メートルの高さの津波が到着する恐れがあるとし、青森県から宮城県の三陸沿岸に大津波警報を発令した。しかし、実際には予測を下回り、同日午後に岩手県久慈港と高知県・須崎港で1.2メートルの津波が観測された。

 米MSNBCニュースは、米ハワイ太平洋津波警報センターの海洋学者のコメントとして「気象庁の発令は正しく、実際に3メートルの津波がきた可能性がある。事態を軽視しないで、必要な警告をすることが大切」と気象庁を擁護する見方を伝えた。

 また、同氏は「津波の高さを予測することは、地震のマグニチュードだけでなく、海底の揺れや海岸線の詳しいデータに基づいてなされる複雑な作業。しかし、予測が外れることで、住民が警報を無視するようになる恐れがある」と述べた。

 日本では1960年のチリ地震による津波で、142人もの死者・行方不明者を出した。また93年の北海道南西沖地震では、奥尻島に大津波が発生し約200人もの犠牲者を出したこともある。津波予測の精度向上や警報のあり方は、今後の課題ともいえる。(編集担当:桐山真帆子・山口幸治)
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100302-00000065-jij-pol
>>> 前原国交相、津波予測は謝罪に当たらず=首相も「同感」
3月2日11時26分配信 時事通信

 前原誠司国土交通相は2日の閣議後記者会見で、チリ大地震に伴う津波への対応に関し、気象庁が「予測が過大だった」と謝罪したことについて、「果たして謝罪すべき問題なのか」と述べた。その上で、同庁に対し同日朝「謝罪するに当たらない」と伝えたことを明らかにした。
 前原国交相は「しっかり準備するには過小であるより過大であったほうがいい」と指摘。同相によると、同日の閣僚懇談会でも同様の発言をし、鳩山由紀夫首相から「同感だという趣旨の話があった」という。 
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 時事通信配信記事のコメ欄
>>> 2010年3月2日 11時29分nob*****さん
私もそう思う21,074点 私はそう思わない266点

これに関しては同意

被害がなくて良かったね状態
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 私としては、今回見られた「過小評価より過大評価のほうが良い」と「結果的に被害が出なかったから良い」は、今の日本社会における2つの問題ある思考回路を端的に言い表していると思います。

 まず、前者について。

 もちろん、過小評価よりは過大評価のほうがまだマシです。技術的な問題から正確な予測が難しいというのも、素人にも理解しやすい話です。しかし、我々が備えるべきリスクは津波だけではなく、また、我々が持ち合わせているリスク対策の資源は有限です。限られた資源を如何に有効に配分するかという課題においては、「過大評価」もまた重大な問題です。「過小評価より過大評価のほうが良い」でピリオドを打ってしまう発想は、あるリスクに対する妥当な対策費用の計算ができていないことを予感させる発言であり、これは有限資源の浪費をもたらしかねない兆候であるとも読み取れます。以前にも書きましたが、非合理的且つ非効率的な「リスク対策」を防ぐためには、リスクを正しく判断しなくてはなりません。「過小評価より過大評価のほうが良い」でピリオドを打つべきではありません。

 恐らく、気象庁は、その辺をご理解なさっているがゆえに謝罪しているのだと思いますので、今後も予想技術の進歩に邁進なさるのだと期待しているのですが、果たして、一般人のリスク判断は進歩するんでしょうか? 牛肉の全頭検査にしつこくこだわり、莫大な税金を湯水の如く投入し続けている点、少なくともここ数年間は余り進歩していないみたいですけど。

 後者:「結果的に被害が出なかったから良い」について。きっと「だからと言って、予測技術の進歩を軽視しているわけではない」という反論を頂くと思うのですが、まあ3日もすれば、そんなこと忘れますよね。「危なかったけど、結果オーライだったから良かった良かった」から教訓を汲み取り、忘れないで居続けられる人はそんなに多くないですからね。私を含めて。

 リスクの判断は、技術的問題や判断主体である人間の性質によってなかなか正確には下しづらいものですが、先にも書いたように、数多のリスクに対して持ち合わせている資源は有限である以上、なるべく正確な判断が必要です。まあ、「人間の性質」が絡んでいる以上、この辺りはもう、「人間の理性を信じる」「人間の力を信じる」というレベルにも達しつつあるんですけどね。

 物質的条件を生かすも殺すも最後は思想。ちゅちぇささん。そんな私はちょっと「人間の理性」に自信がなかったりもします。理性を信用しきれない点において「左翼崩れ」。
posted by s19171107 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

「理不尽に耐えてこそ大人だ(キリッ」

「世の中は理不尽だ。その理不尽に耐えてこそ大人だ(キリッ」などと、雇用問題をはじめとした社会の理不尽な話に関して偉そうに言っていた人たちが、先日のオリンピックのフィギュアスケートの採点について、八百長だ何だとネチネチと発狂しつづけているのが何だか笑える今週です。

それとも、せめて理不尽とは縁遠い存在であってほしかったスポーツ界も実は例に漏れず理不尽な世界であった、ということを認めたくないがゆえの抵抗? とても「大人」とは言いがたい振る舞いだなあ。

理不尽な目にあっている他人に対しては「それくらい耐えろ」「耐えられないのは甘え」などと説教する一方で、同程度かそれ以下のレベルの理不尽な目に自分(自分が一体化させている対象)が遭うと一転して「ケシカラン!」と抵抗しだす。毎度のことながら流石です。
posted by s19171107 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

PTA

 モバゲーの「怪盗ロワイヤル」のCM、「お宝ほしいなー この人からなら盗れるかな?」(←正確には覚えていないけどこんな感じだったと思う)というセリフが公共電波で流れているけど、PTAは、かつてのように抗議しないのかな? けっこうまずくね? この発言。

 最近、所謂「モンスターペアレント」が、結果的に合同で発狂することはよく聞いても、事前に互いに調整しあって発狂するということは余り聞かない気がするのですが、何でなんでしょう? いや、私の調査がまだまだ甘くていい加減だから、実は減少していないのに減少しているように見えているだけなのかもしれないけど。

 仮にそう(事前調整型の保護者合同要求の減少)だとすると、「自分(自分の子供)さえ良ければ」が深化したのかなあ? そうでもなきゃ、こうも連帯が希薄化するとは考えにくいしねえ、、、

 、、、最近、疑問提起の記事が増える一方で、その疑問を解決する研究記事を余り書いていない気がする。疑問は溜まる一方。まあ、何を見ても疑問が沸かなくなるよりは良いんだけどね。
posted by s19171107 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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