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2009年01月06日

公的扶助を減らすためには

 東京・日比谷公園で開かれていた「年越し派遣村」をめぐる、「世論」をザッと目を通したところ、ある特徴が見えてきました。すなわち、開設初期の、まだ有志による慈善活動にすぎなかった時期においては、そもそも派遣村関係の「世論」自体が少なかったのですが、厚生労働省が使用していない講堂を開放した頃から批判的意見が噴出しはじめ、今や批判的意見が相当数見られるようになっています。それらの批判的意見の多くは、「派遣労働を選んだのは自己責任だから公的援助は必要ない」というもの、あるいは、「まじめに働いているのがバカらしくなる」というものでした。両者とも、昨今の公的扶助関係の「世論」において典型的に見られるものです。

 前者の失当性、というか危険性については、チュチェ97(2008)年12月31日づけ「「自己責任論」の危険性」にて指摘したとおりなので、今回は後者、すなわち、公的扶助は「まじめに働いているのがバカらしく」させるという言説について考えて見たいと思います。

 正直、いまの「派遣村」が「まじめに働いているのがバカらしくなる」ほど過剰な公的扶助にあたるとはとても思えないのですが、それはさておき、一般的に、過剰な公的扶助が勤労意欲を損ねるというのは、私としては特に不思議には思いません。人間なんてその程度のものにすぎませんからね。では、真面目な勤労者の勤労意欲を損ねない一方で、チュチェ97(2008)年12月31日づけ「「自己責任論」の危険性」で指摘した「危険性」を予防するにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、「まじめに働いているのがバカらしくなる」という意識の「根底」、つまり、どういう思考回路が「まじめに働いているのがバカらしくなる」という意識をもたらしているのかというところから考えてみなければなりません。

 「世論」を分析するかぎり、先にも書いたとおり、開設初期の、まだ有志による慈善活動にすぎなかった時期においては、そもそも派遣村関係の「世論」自体が少なかったのですが、厚生労働省が使用していない講堂を開放した頃から批判的意見が噴出しはじめ、今や批判的意見が相当数見られるようになりました。また、一般的にも、彼らは無差別平等受益の生活保護は批判しますが、基本的に保険料負担経験者限定の共助制度である社会保険に対しては、制度運営に対する批判はあっても、制度の存在そのものに対して批判するということは余り見られません。つまり、このような意識をもたらし、結果的に公的扶助体制に対する攻撃をさせる思考回路の「根底」には、ある人物が一方的に負担をしている一方で、ある人物が一方的に受益していることに対する反発があるように思えます。となれば、解決策は「一方的負担感」を軽減させることのほかありません。

 私としましては、「一方的負担感」を軽減させるためには、何よりも勤労者各人の雇用を安定させ、一刻も早く自立してもらうしかないと考えます。そしてそのためには、今現在既に自力ではどうにもならなくなってしまった人に対しては、再スタートのための公的扶助が必要不可欠であると考えます。つまり、公的扶助を減らすためには公的扶助をするしかないのです。ちなみに、公的扶助をせず、自力で再スタートをさせるべきだという昨今流行の言説については、チュチェ97年8月24日づけ「どん底から這い上がる「自己責任」?」とチュチェ97年12月31日づけ「「自己責任論」の危険性」にて批判したとおりです。

 ところで、公的扶助制度についての世論を集めていると、公的扶助制度意義そのものは認めているものの、「どうしても働こうとしない奴がいるから、そういう場合は救貧院的発想で対処すべきだ」という言説に出会うことがあります。たしかに私も一時期そういう考えを持っていたことがあるのですが、チュチェ思想の人間観に出会って以来、すこし慎重になってきました。前掲、チュチェ97年8月24日づけ「どん底から這い上がる「自己責任」?」の最後において、「支援の必要性は認めながらも救貧法的発想に至る人もいましたが、時間的関係から割愛します。」と書いたまま、それ以降取り上げてこなかったので、以下、少し考えてみたいと思います。

 その前に、「チュチェ思想の人間観」についてご説明しなくてはならないでしょう。以前から何度か書いてきていますが、チュチェ思想においては、人間の本質とは自主性と意識性、創造性の3属性をもった社会的存在であり、自主性を持つがゆえに人間は、自然の束縛と社会のすべての従属に反対するものであると指摘しています。確かに歴史上、古代奴隷制・中世農奴制における、一種の強制労働による生産性は極めて低い一方で、近代以降の所謂「野心家」たちによる労働の生産性は極めて高く、世界各国はいち早く市民革命を経て中世的封建体制から脱したところから順に発展してきました。

 このように、人間の本質という点から考えると「救貧院的発想」というものは、かなり「強制労働」の色合いが強く、労働生産性の点で些かの問題があるように思えます。言うまでも無く公的扶助は税金でやっている以上、元は取れないにしても最大限効率的にありたいものですから、なるべく労働生産性をあげられるようにすべきです。

 しかし、だからといって公的扶助受給者に対して無制限の「自主性」を保障すれば、それは今度は議論が最初に戻ってしまいます。私としては、結局、この辺の線引きは、民主的討議によって負担者の理解が得られる範囲内を模索するのが一番現実的だと考える次第です。


posted by s19171107 at 01:23| Comment(3) | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「救貧院的発想」というものは、かなり「強制労働」の色合いが強く

かの佐藤“ラスプーチン”優氏によれば、19世紀末期のイギリスにおける救貧院は、刑務所以上に抑圧的で暴力が横行するため、いわゆる「庶民」から忌み嫌われ恐れられていたそうです。いわゆるマルキシズムの隆盛や、ヨーロッパ諸国における公的福祉の充実はこうした社会背景とそれに対する批判および反省に由来してるんでしょうね。
Posted by mash at 2009年01月06日 20:05
初めて書き込みさせていただきます。

きっこの日記に書いてあったのですが、ある自民党の市議が派遣村批判をしたそうです。
エントリーは現在削除されていますが、Googleにキャッシュは残っています。
http://209.85.175.132/search?q=cache:5Jy38tfwS5sJ:seiji.way-nifty.com/blog/+http://seiji.way-nifty.com/blog/2009/01/post-14f7.html&hl=ja&ct=clnk&cd=1&gl=jp

自分の死んだ父親を引いて「派遣村の連中は甘えている!けしからん!」と
言っていますが、これについてどう思われますか?

彼の父親がどういう状況で亡くなったのかはわかりませんが、経営者と(最末端の)労働者を
比較するのは奇妙だと思うし、また父親は事業に失敗したとのことですが、
裏を返せば成功する可能性もあったわけで、「成功のリスク」を考えれば相応だと思えます。

例えば事業に失敗し派遣社員になり、派遣村に身を寄せることになったというなら話は単純ですが、
おそらくそういう人はごくわずかで、大半は今回の不況で首を切られた末端労働者だと思います。

そういう人たちへの支援がなぜ「甘え」と言えるのか理解に苦しみます。

この件に関して、ぜひ意見をお聞かせください。
Posted by 太郎 at 2009年01月08日 19:13
コメントありがとうございます。

>>mashさん
 補足ありがとうございます。

>>太郎さん
 1月11日づけで返答特集記事を書きましたので、そちらをご覧ください。
Posted by s19171107@管理人 at 2009年03月20日 01:15
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