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2010年09月18日

「庶民感覚」

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100917k0000e040017000c.html
>>> 橋下知事:弁護士業務停止に 光母子殺害事件のTV発言で

 弁護士の橋下徹大阪府知事が、山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団を批判し、テレビ番組で懲戒請求を呼び掛けた問題で、所属先の大阪弁護士会(金子武嗣会長)は17日、「品位を害する行為に該当する」として、橋下氏を業務停止2カ月の懲戒処分にしたと発表した。処分は同日付。不服がある場合は日本弁護士連合会に審査請求できるが、橋下氏は同日、請求しない意向を示した。

 会見した金子会長は処分理由について「刑事弁護に対する誤った認識、不信感、不名誉感を与えたうえ、多人数の懲戒申し立てがあれば懲戒請求が認められるかのような誤った認識を与えた」と説明した。

 橋下氏は知事就任前の07年5月、民放テレビ番組で弁護団を批判。「許せないって思うんだったら、弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」などと発言。同弁護士会によると、弁護団に対し7900件を超える懲戒請求が弁護士会に届いた。この発言について07年12月、市民ら約300人が橋下氏の処分を求めて懲戒請求した。

 同弁護士会の綱紀委員会が昨年11月、「弁護士に深刻な精神的被害を負わせ、弁護士会を事務処理に忙殺させる極めて重大な結果をもたらした」と判断。懲戒委員会に審査を求める議決を出し、懲戒委が審査していた。

 橋下氏が代表を務める弁護士法人「橋下綜合法律事務所」によると、橋下氏は知事就任後は弁護士業務をしておらず、顧問契約も橋下氏名義から弁護士法人名義に変更。事務所に来るのは月に数回程度で、業務停止の影響は事実上、ないとみられる。

 一方、橋下氏は同日午前、大阪府庁で記者団に「僕の品位と(大阪)弁護士会の品位はまったく違う。(処分の基準は)大いに疑問だ。僕は一般府民が感じる品位で動いていく。北新地に行けば、品位のない弁護士は山ほどいる」と不満をまくしたてた。【苅田伸宏、田辺一城】
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 まあ予想通りの懲戒処分、予想通りの信者の反応(mixi日記にて)、そして予想通りの本人の反応です。予想通り過ぎて特にコメントすることもないのですが、あえて本人の反応について少し取り上げておこうと思います。

僕の品位と(大阪)弁護士会の品位はまったく違う。(処分の基準は)大いに疑問だ。僕は一般府民が感じる品位で動いていく。北新地に行けば、品位のない弁護士は山ほどいる」だそうです。要するに、「僕の品位=一般府民が感じる品位と弁護士会の品位はまったく違う」と「ほかにもっと品位のない奴らがいる!」との2つが、彼の言い分の主たるところでしょう。

後者については、もはや小学生の言い訳レベルで、いい年した大人がこんなこと言っているのは、こっちが恥ずかしくなってくるのでスルーするとして、前者の、特に「僕の品位=一般府民が感じる品位」という設定について。

「僕の品位=一般府民が感じる品位」というのは、彼のお得意のセリフです。彼は、庶民派を自称することによって支持を広げています。しかし、本当に彼の感覚は庶民的なのでしょうか。庶民の中に分け入って、庶民の言い分を汲み取っての感覚なのでしょうか。それとも、「僕の品位=一般府民が感じる品位」と単に思い込んでいるだけで実は自分の思いつきで行動しているだけなのでしょうか。この分析は、橋下氏のみならず、ネット上にも数多存在する自称「庶民派」の分析にも応用できるものと思います。

さて、その分析の道具として、私は以下の記事を取り上げたいと思います。
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20100716041.html
>>> 橋下知事 全国知事会を酷評「生ぬるい」

 大阪府の橋下徹知事は16日、消費税引き上げなどを国に求める緊急声明をまとめて閉幕した全国知事会について「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」と酷評した。

 橋下氏は全国知事会議で、国に一方的に増税を求めるのは無責任で地方も地方税引き上げなどを検討すべきだとする持論を展開したが、十分な賛同は得られなかった。この結果に「国がリスクを取って消費税を上げても、地方にはびた一文回ってこないし回す必要もない」と述べた。

 会議のあり方自体についても「知識をひけらかす発表会。民間のトップレベルの会議とはほど遠い」と苦言を呈した。

[ 2010年07月16日 13:44 ]
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 だいぶ古い記事ですが、7月の全国知事会についてです。橋下氏によると「国に一方的に増税を求めるのは無責任で地方も地方税引き上げなどを検討すべき」であり、そこに切り込まない知事会は「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」だそうです。そしてお決まりのシメ「民間のトップレベルの会議とはほど遠い」。もうおなかいっぱいです。

 恐れ多くも一言申し上げるのならば、納税者たる庶民にしてみれば、納税先が何処だろうと大した違いは無いのですが。どうせ出所は私たちの財布なのだがら、「何処に納めるか」だなんて縦割り行政の縄張り争いみたいなことは如何でもいいというのが、それこそ「庶民の感覚」ではないのかと。

 もちろん、「自分で金を稼がないといけないという根幹を抜きに分権と言っている。仕送りをもらう大学生が親に自由にさせてくれって言っている生ぬるい感じ」というのはある意味において「庶民的な感覚」といえなくもありません。しかし、「どうせ出所は我々の財布なのだから、その納税先が国か地方かだなんてそれほど問題ではない」のほうがより「庶民的な感覚」ではないのか。より「庶民的な感覚」をスルーして、「庶民的な感覚」でないことはないが本質ではない方に走る。橋下氏の「庶民感覚」がどのように形成されているのか、本当に庶民の中に入り込むことによって形成されたモノなのか、というのの一端が見えてくるように思います。

 そして、このような現実を見ると、橋下氏に限らず、自称「庶民」の「庶民感覚」というものが、本当に多数派と一致しているのかというのは、疑問符がついてしかるべきでしょう。その「庶民感覚」は本当に「庶民感覚」なのか。「庶民感覚」というのは「常識」とか「普通の感覚」と言い換えられることが多いですが、「自分は普通」というのは、実は自分が勝手に思い込んでいるだけで、本当はむしろ「異常者」かもしれない。特に日本人は他人と意見を戦わせることを好まず、雰囲気やなあなあ、事なかれ主義で済ませる民族なので、他者と意見を戦わせ、自論を洗練させる機会がそれほど多いとは思えません。果たして、他者と意見を戦わせずして「庶民の感覚」「常識」「普通の感覚」を打ち鍛えることはできるのか。その辺を考えると、ますます日本人の言う「庶民感覚」の胡散臭さが際立つように思います。
posted by s19171107 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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