http://www.janjan.jp/media/0704/0704153804/1.php
この件に関して、『カナダde日本語』さんのところの記事で気になるくだりがあったので一言。
http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-456.html
きっと読売の記事には最初から大川氏と書かれていたからそこまでは主張できないのであろう。それを読売からの返答として、「初版の段階で、あるいは「小川氏との誤記があったのかもしれない」とお茶を濁しており、ここでも読売が間違った記事を載せたかもしれないかのように読者を誘導している。当方が4月9日20時20分付けで保存した下記、中部地方読売新聞オンライン記事を見る限り、少なくとも4月9日20時20分の時点では「大川氏」に統一されてますね。初版かどうかは分かりませんが、記事入力日のうちに記録したものなので、初期のものであることは確かです。
http://s19171107.seesaa.net/article/38287831.html
戦時中に中国大陸で、捕虜などに人体実験を重ねた旧日本陸軍731部隊の衛生兵だった三重県尾鷲市の大川福松さん(88)が8日、大阪市で開かれた国際シンポジウム「戦争と医の倫理」に出席、「毎日2〜3体、生きた人を解剖した」と証言した。当時の体験を人前で明かしたのは初めてで、「不正なことは、社会に、はっきり示さなあかんと思うようになったから」と語った。大川証言の真偽の行方と共に、今後のギャラリー同士の言い争いの展開にも期待します。
大川さんは早稲田大で細菌学を学び、1941年に召集。44年8月から旧満州(現中国東北部)にあった関東軍防疫給水部本部(通称731部隊)の「ロ号棟」で、衛生伍長をしていたという。所属した班は、ペストやコレラ、梅毒などの病原体を人体に注射して感染の状態を調べたり、人為的に凍傷を作ったりしていた。最初は「大変な所に来た」と思ったが、次第に感覚がまひし、「そのうち、毎日2〜3体解剖しないと仕事が終わらん気になっていった。多い時は1日5体を解剖した」と証言した。
子持ちの慰安婦を解剖したこともあった。「子どもが泣いている前で、母親が死んでいった。子どもは凍傷の実験台になった」と語った。


